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映画酒場、旅に出る 第4回

2014.09.18

映画 酒場

映画をめぐる小さな物語をつづった個人冊子『映画酒場』発行人であり、エディター&ライターの月永理絵による旅日記。(月2で更新中)

7月14日

Exif_JPEG_PICTURE今日はフランスの革命記念日。日本では映画の邦題にちなんで「巴里祭(パリ祭)」と呼ばれているが、要はフランス革命を記念した建国記念日だ。一大イベントはシャンゼリゼ大通りでの軍事パレードなのだが、去年の夏に初めてその様子を見てショックを受けた。轟音をたてながら空を次々に飛んで行く戦闘機、凱旋門を埋め尽くす戦車と武装した兵士たち。その戦車に護送されてフランス大統領がパレードをするのだから、フランスというのは本当に軍事国家なのだと否応無く見せつけられた。軍事パレードだから当たり前といえば当たり前なのだが、子どもたちに大きな銃を持たせにこやかに写真を撮る親たちを見て、なんだか辟易してしまった。まして昨日はパレスチナ支援デモを見たばかり。とても武装した兵士や戦闘機を見る気にはなれなかった。

Exif_JPEG_PICTUREところが今日は朝から昼までアパートを明け渡さなくてはいけなくなってしまい、仕方なく近所を散歩しに出かける。道ゆく人がみな空を見上げているので何ごとだろうと思っていると、すさまじい轟音が聞こえてくる。戦闘機の飛行パレードが始まったのだ。その音を聞くだけで身震いしてしまうが、どこにいても聞こえてしまうのだからどうしようもない。それにしても、ガザ地区への空襲が激化しているいま、空を次々に飛んで行く戦闘機を見て他の人たちはどのように感じているのだろうか。

 

Exif_JPEG_PICTUREしばらくカフェで時間をつぶし昼頃アパートへ戻る。ようやく街も静かになったので、午後はベルヴィルへと出かける。ベルヴィルはパリの中華街というイメージがあるが、実際に行ってみるとアジアや中東など様々な移民文化が混じり合う不思議な雰囲気の街だ。大きな中華スーパーが2軒あり、中華食材だけでなく日本の食材も一通り手に入る。もやしや乾麺を買い、駅の近くのカフェに入る。パリのカフェにはアペロ(夕飯前に軽く食前酒(アペリティフ)を飲むこと)をする人たちがあふれている。私も夏らしくパナシェ(ビールとレモネードを割ったもの)を頼み、テラスでアペロを楽しむ。

夜は、煮込んでおいた牛肉の赤ワイン煮こみを食べる。安くて固い牛肉を一晩赤ワインに漬け込み、あとはひたすら煮込むだけ。別茹でした野菜をのせて、じゃがいものピュレを添える。あわせるのはもちろん赤ワイン。

7月15日

DSC_0966 いよいよパリにも夏らしい天気になってきた。朝からアリーグル広場のマルシェへ行き、メロンや野菜を買う。アリーグルのマルシェには屋内市場もあり、そこのチーズ屋で小さな山羊のチーズを買う。昼ご飯は昨日ベルヴィルの中華スーパーで買った麺で焼きそばをつくるが、麺がのびてしまい大失敗。午後は大量の洗濯物を抱えて近所のコインランドリーへ。夜はご飯をつくるのが面倒になり、インスタントのフォーですませる。具材はもやしのみ。

7月16日

DSC_0060アパートに泊めてもらっている友人Sは、博士論文の執筆のためにここ数カ月、関係者へのインタヴューを続けている。今日も午後にインタヴューが一件あるというので、終わったあとにカフェで待ち合わせてマレ地区あたりでギャラリー巡りをしようと約束する。Sが出かけたあと、私は近所の公園を軽くジョギングし、夕食の準備をしてからサン・セバスチャン・フロワサール駅から歩いてすぐのカフェ「Le Progrès」へ出かける。待ち合わせ時間は16時半。少し早めについたのでテラスに座りコーラを頼む。パリではコーラを「コカ」と呼ぶ。今日にかぎって本を忘れてきたことに気づくが、メモ帳を持ってきたので、フランス語を勉強しながら待つことにする。

ところがいくら待ってもSが来ない。あいにくスマフォの調子が悪く電話も通じない。待ち合わせ場所を間違えたのか、それとも何かあったのだろうかと不安になるが、とにかく待つしかない。1時間を過ぎるとさすがに不安になり一度アパートに帰ろうと店を出るが、あきらめきれずしばらく周りをうろうろしていると、早足で歩いてきたSを見つける。インタヴューが思ったより長引いたのだという。

とにかく会えてよかったとほっとするが、ろくに謝りもせずに今日のインタヴューの成果を嬉々として語りつづけるSにだんだんと腹が立ってくる。フランス語を話せない私にとって、見知らぬ場所で1時間も待たされるのはかなり心細かったのに……。こういうときの私はひたすら黙り込んでしまう。Sもそんな私の様子にようやく気づくが時すでに遅し。約束どおりマレ地区のギャラリーを見に行くが、コロンビアの現代作家の展示もまったく楽しめない。重苦しい雰囲気を変えようとインスタレーションに合わせてふざけてダンスをするSを冷ややかに見つめる。
Exif_JPEG_PICTUREとはいえさすがに大人気なかったかな、と反省し、「もう一軒行ってから、どこかでビールをおごってくれたら許そう」と提案する。しかし予定より1時間も遅れたため、他のギャラリーはもう閉まっている。このまま帰るのも淋しいので、メトロに乗ってパンテオンへと向かう。お目当てはソルボンヌ大学からも近い映画本専門の書店「La Librairie du Cinema du Panthéon」。お金がないのでふたりで半額ずつ出し合って買おうと相談していた32ユーロの映画本を、遅刻のお詫びにとSが買ってくれる。ビールより高価なお詫びにびっくりしながら、お互いに「ごめんね」と謝り合う。
夜ご飯はクスクス。スパイスが利いたアラブのソーセージ、メルゲスを焼き、野菜を煮込んだスープをかけて食べる。

7月17日

今日は真夏日。近くのスーパーの温度計を見るとなんと39度。ちょうど仕事も溜まっていたので、今日は家でひたすら仕事をすることに。パリは日本のような湿気がないので39度といってもそこまでつらくはないのだが、アパートはもちろんカフェなどにもクーラーが無いためどこへ行っても暑い。日本から持ってきた冷感グッズがおおいに役立つ。

0717_02 Exif_JPEG_PICTURE まったく家から出ないのもさびしいので、午後は散歩がてら近くの書店へ。日本の作家の本はどんなものがあるだろうと見ていると、村上春樹や村上龍の間に平出隆さんの『猫の客』のフランス語版を見つける。フランス語版はこんな表紙なのか、と楽しんでいると、足元をすっと大きな毛玉が横切っていく。開けっ放しのドアから灰色の猫がふらふらと入ってきたのだ。どうやら蜘蛛を追いかけてきたらしい。まさに猫の客だ。人間が近づいても逃げようとせず、のそりのそりと蜘蛛を追っている。最後には見事つかまえてむしゃりと食べてしまった。記念にと『猫の客』を購入し、Sにプレゼントする。

7月18日

0718_01今日もまた真夏日。気温はついに40度。昨日に続き、冷やしたタオルを首に巻き、小型扇風機をまわして一日仕事をする。ご飯をつくる気力もなく、夕ご飯用に、スーパーで生ハムとラディッシュ、ガスパチョ、ロゼワイン、パン屋でバゲットを買う。そういえばパリではガスパチョをよく見かける。残っていたじゃがいもとにんじんを茹でてオリーブオイルと塩こしょうであえる。ラディッシュは茎をとって、そのまま食べる。手抜き料理ながら写真をとってみるとなかなか豪華に見えるから不思議だ。

 

月永理絵
1982年生まれ。映画関連の書籍や映画パンフレットの編集を手がける。
2013年11月に、映画をめぐる小さな物語をつづった個人冊子「映画酒場」を創刊。「映画と旅」を特集した第2号も発売中。
「映画酒場」公式Facebook:https://m.facebook.com/eigasakaba

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