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映画酒場、旅に出る(SEOUL編_その5)

2018.08.07

映画 酒場

映画をめぐる小さな物語をつづった個人冊子『映画酒場』発行人であり、エディター&ライターの月永理絵による旅日記。(月2で更新中)

「映画酒場」「映画横丁」編集人による、2018年冬のソウル滞在記。映画と本と酒の記録。

3月1日(木)
先日、サイレント映画ピアニストの柳下美恵さんの上映会に行った際、最近ソウルに行かれたという柳下さんから、観客のみなさんへのお土産にと韓国のお菓子をいただいた。「私も近々ソウルへ行く予定なんですが、おすすめの場所はありますか?」と聞くと「韓国映像資料院にはぜひ行ってみるといいですよ」という。調べてみると、韓国映画の歴史的資料の収集・保存・展示を行う場所で、一般向けの映画博物館もあるらしい。

02映像資料院があるのはソウルの西側に位置するデジタル・メディア・シティ(DMC)。地下鉄6号線のデジタル・メディア・シティ駅で降りてから映像資料院まではまあまあ距離がある。大きな道路を歩いていくと、だんだんと巨大なビル群が目に入る。いわゆる再開発地区で、横浜のみなとみらいにどことなく似た雰囲気。その名前通り、オフィスの他、文化センターやテレビ局などもあるらしい。様々な施設があるなかで、映像資料院もすぐに見つかった。地下にある映画館では、イーストウッド特集と、2017年の名作韓国映画特集が行われている。ポスターには、ポン・ジュノ『オクジャ/okja』やホン・サンス『それから』など、いろんな映画のイメージイラストが描かれている。

まずは博物館内の常設展へ。驚くことに入場料は無料。中に入ると、韓国映画の創始期から戦中期、そして戦後の復興期などがパネルや映像資料によって解説されている。パネルの解説には英語もついているのでだいたいの内容はわかる。日本では、国立映画アーカイブ(旧フィルムセンター)の常設展を何度か見に行ったし、フランスではシネマテーク・フランセーズで同じようにフランス映画史の展示を見たことがある。当然といえば当然だが、国によって映画の歴史はずいぶん違う。そして韓国映画史を追うということは、当然ながら日本による植民地支配の歴史と向き合うことになる。恥ずかしさやいたたまれなさを感じつつ、目をそらすことはできない。

03植民地時代、朝鮮戦争による映画産業の衰退、テレビの台頭や厳しい検閲による低迷期を経たあと、80年台の民主化とともに新世代の作家たちが登場した韓国映画。2000年以降は、日本でも大ヒットした『シュリ』(99)をはじめ、国内だけでなく、アジア、アメリカ、ヨーロッパなどにも進出していく。そうした激動の歴史を、映画ポスターやスチール、充実した映像資料で追っていくのは楽しい。最後のコーナーには、俳優のソン・ガンホらが映った大型のパネルがいくつも設置されている。タクシーに乗ったソン・ガンホとカメラを担いだ西洋人らしい男。いったい何の映画の写真なのかそのときはわからなかったが、後日、『タクシー運転手 約束は海を越えて』の写真だったとわかった。この映画は4月に日本でも公開され大ヒットする。常設展のあとは企画展へ。ここでは1998年に亡くなった映画監督・金綺泳 (キム・ギヨン)の展示が行われていた。実のところキム・ギヨンの映画はまったく見たことがない。でも『下女』など、彼の映画のセットが忠実に再現されていたり、撮影に使った小道具が展示されていたりと、工夫を凝らした展示はとてもおもしろかった。

資料院を見たあと、キムパブ屋さんでお昼を食べ、次の目的地、BOOK BY BOOKの場所を確認する。バスで行こうかとも思ったが、どうやらここから徒歩10分くらいの距離らしい。地図を見ながら歩いていくと、再開発地区を抜けて小さな家屋やお店が見えてくる。このあたりは住宅街というほどではないが小さな建物が続いているので、うっかりするとお店を見逃してしまいそうだ。やがてレンガ調の小さなお店を発見する。『本の未来を探す旅 ソウル』によれば、BOOK BY BOOKは、日本のB&Bを参考に「ビールが飲める本屋」を目指してつくられたという。お店に入るとすぐに、ビールやコーヒーを売っているカウンターが目に入る。カウンターに入っていた若い女性は、オーナー姉妹だったかもしれない。奥にはカフェスペースがあり、若い人で賑わっている様子。棚に並んだ本には、このお店の特徴でもある縦長のコメントPOPが挟み込まれている。これは「本のしっぽ」という取り組みで、お客さんが店内でお気に入りの本の書評を手書きし、それをラミネート加工して本に挟むという試みらしい。韓国語なので読むことはできないが、本から飛び出す手書き文字がおもしろい。

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04地下にも広いスペースがあるが、当日はテレビか何かの撮影が行われていたようで、少しだけ覗いて帰ることに。本当はビールを飲みたかったのだけど、カフェスペースが満席だったのと、かなり寒い日でビール気分がさほど盛り上がらず、今回はあきらめる。次回はぜひ暑い日に来てビールを飲みたい。その後、お金の追加両替をしに明洞へ行き、若者や観光客で賑わうショッピングエリアをぶらぶらする。夜は、西大門駅の中にある小さなおでん屋さんでキムパブをテイクアウトする。このお店は駅の立ち食いそば屋のような雰囲気で、店員さんはひとりだけ。数人のお客さんが、立ったままキムパブや韓国風おでん(練りもの)をつついている。細くて小さなキムパブは1つ100ウォンくらい。唐辛子巻というのが気になって注文すると「辛いけど大丈夫か?」とお店の方に心配されたが、食べてみるとピリッとして美味しかった。そういえばソウルに来てからキムパブばかり食べている気がする。

月永理絵
1982年生まれ。エディター&ライター。
個人冊子『映画酒場』の発行人、映画と酒の小雑誌『映画横丁』(株式会社Sunborn)などの編集を手がける。http://eigasakaba.net/

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