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フロム・ファースト・センテンス issue 3

2016.06.13

阿部 海太

阿部海太 / 絵描き、絵本描き。 1986年生まれ。 本のインディペンデント・レーベル「Kite」所属。 SUNNY BOY BOOKSにて絵本「みち」を販売中。 本の書き出しだけを読み、そこから見える景色を描く「フロム・ファースト・センテンス」を連載中。 kaita-abe.com / kitebooks.info

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ファースト・センテンス /

「かれは年をとっていた。
メキシコ湾流に小舟を浮かべ、ひとりで魚をとって日をおくっていたが、一匹も釣れない日が八十四日もつづいた。」

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これはかの有名な小説だろう。
内容はうろ覚えだが、この冒頭で始まる本はあれ以外に無い。
それはひとりの男の哀愁に満ちた物語だったと思う。
短い話で、ずいぶん前に文庫で読んだ。そしてその文庫の薄さが妙に似合っていたことを覚えている。

「メキシコ湾流に小舟を浮かべひとりで魚をとって日をおくっていた」
海と空と年老いた男。孤独な風景。そして更に孤独は深まる。
「一匹も釣れない日が八十四日もつづいた。」
ほぼ3ヶ月。やせた身体が見えてくる。
きっと蓄えも尽きているのではないか。死が迫っていると言っていい程かもしれない。
頭上には、男の行方を見届けるかのようにいつも太陽が輝いている。

地球と太陽、そして人。
この三者それぞれに含まれる元素の種類を比較したとき、
実は人の元素は地球より太陽のそれに近いそうだ。
特に水素(H)の比率が高いところがお互い似ているらしい。
ひょっとして、僕らは太陽の子供なのか?
赤子を抱いた人が「熱くてまるで火の玉みたい」と言っていたり、
「病院で寝ている自分の子供が光って見えた」というような声を聞くと、
それもただの乱暴な仮説とは言い切れない気もしてくる。

生の終焉が近づいたとき、孤独な男は太陽と共にその日々を過ごす。
もしかしたら男の帰る場所は、岸ではなく空にあるのかもしれない。

小説の中の男は岸に帰った。
絵の中の男は空に帰った。

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