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フロム・ファースト・センテンス issue 5

2016.09.04

阿部 海太

阿部海太 / 絵描き、絵本描き。 1986年生まれ。 本のインディペンデント・レーベル「Kite」所属。 著書に『みち』(リトルモア 2016年刊)、『みずのこどもたち』(佼成出版社 2017年刊)、『めざめる』(あかね書房 2017年刊)、共著に『はじまりが見える 世界の神話』(創元社 2018年刊)。 本の書き出しだけを読み、そこから見える景色を描く「フロム・ファースト・センテンス2」を連載中。 kaita-abe.com / kitebooks.info

ファースト・センテンス /

「モンドがどこから来たのか、誰にも言えなかったに違いない。
ある日たまたま、誰も気がつかないうちにここ、私たちの町にやって来て、
やがて人々は彼のいるのに慣れたのだった。」

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幼少期を山を削ってこさえた新興住宅地で過ごした僕は、
「私たちの町」という感覚を知らない。

綿々と受け継がれるなかで生まれるであろうその感覚は、
区画で整理された番号でしか場所を示さず、
昔話をしてくれる年寄りもいないような場所では望めない。
より古い住人のタヌキやヘビに話を伺うこともなく、
唯一歴史の香りを漂わせていた大きな洞窟(昔は防空壕だったという噂)は、
結局怖くて中に入ることはなかった。

「モンド」は正体不明。
名前すらあやしい。
彼の口から出自がわかったところで、それもまたあやしい。

一方で、「私たち」も僕にとってはとても遠い。
土地に根付いて暮らす人々。台所事情を知るご近所。
逃げも隠れもできない暖かい町。

最初、この絵の中にはモンドがいた。
画面中央、木にもたれるように佇んでいるところを描いた。
でも気づいたら消えていた…というのは冗談で、
モンドはそこにいてもいなくても変わらないことに思い至ったのだ。
彼は「私たち」と違い、存在が土地と呼吸していない。僕は「私たち」より彼に近い。

土地との呼吸を知らないのなら、その代わりに風と呼吸する魂を持ちたいと思う。
きっと彼は持っているのだろう。よそものが新しい風を吹かせて物語が始まるのだ。

あのニュータウンも、例えばあと100年もすれば何かが根付くのだろうか。
でもその頃には僕は形を無くしてどこかの風に乗っていたいと思う。

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