フロム・ファースト・センテンス 2 issue1
2019.05.21
阿部海太 / 絵描き、絵本描き。 1986年生まれ。 本のインディペンデント・レーベル「Kite」所属。 著書に『みち』(リトルモア 2016年刊)、『みずのこどもたち』(佼成出版社 2017年刊)、『めざめる』(あかね書房 2017年刊)、共著に『はじまりが見える 世界の神話』(創元社 2018年刊)。 本の書き出しだけを読み、そこから見える景色を描く「フロム・ファースト・センテンス2」を連載中。 kaita-abe.com / kitebooks.info
ファースト・センテンス /
「冬だった。暖かさなどもうとうになくなったような裸電球の列が、
小さな田舎の駅の、寒々とした吹きっさらしのプラットホームを照らし出していた。」
思わずほっと口から白い息が漏れてきそうな書き出しだ。
暗闇に包まれたホームには電球のあかりだけがぼぉっと浮かび、
まるで上演前の舞台のようなひっそりとした空気だけが冷たく漂っている。
まだ幕が開かれたばかりの誰も登場していない舞台には、
まもなく雪を積んだ短い列車がのろのろとやって来るかもしれないし、
夜汽車で街を出ようと、鞄ひとつ肩にかけた若者がひとり歩いてくるかもしれない。
そう、何だって起こりうる。だってこれは最初の一文なのだから。
物語の成り行きは本文に任せて、イメージは舞台裏を覗こうとする。
駅のホームを降り、少ない電灯を頼りにどこかの田舎道を歩き始める。
両脇を暗闇に挟まれ、雪を踏む音と風の音しか聞こえない。
この道はいったいどこへ続くのだろう。
学校を卒業してすぐに、1年ほどベルリンで暮らしたことがある。
北海道と同じくらいの緯度で、初めて北国の暮らしを味わった。
降雪はそれほど多くはなかったけれど、
最高気温が零下10度を前後する日々では一度積もった雪はなかなか消えず、
冬中道端は雪と氷で覆われていた。
残った雪は車が刎ねあげる泥や埃で次第に黒ずんでゆき、
加えて人々が投げ捨てるゴミをたんまり溜め込んで、
その景色は僕をひどく鬱屈した気持ちにさせた。
そんな冬の街も、一転夜は綺麗だった。
人も車もまばらな夜更け。
汚れたものは皆闇にまぎれ、
電灯に照らされた雪はまた白さを取り戻した。
まるで余計なものがない、色すら消えそうな世界。
本の中のように、夜は時にして都合よく目を瞑らせてくれる。
こんな風に、書き出しの一文の上でイメージは宛てもなく彷徨うばかりだ。
でもそんな時間と空間にこそ、絵というものは立ち現れる。
絵を描くこととは一瞬を彷徨うこと。
寒さを誘う描写がふと過去の記憶を呼び戻し、
イメージは闇と雪のコントラストに染まった。
そして今、目の前に一匹の野良犬がふらりと現れる。
人影はまだない。