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フロム・ファースト・センテンス 2 issue4

2019.07.21

阿部 海太

阿部海太 / 絵描き、絵本描き。 1986年生まれ。 本のインディペンデント・レーベル「Kite」所属。 著書に『みち』(リトルモア 2016年刊)、『みずのこどもたち』(佼成出版社 2017年刊)、『めざめる』(あかね書房 2017年刊)、共著に『はじまりが見える 世界の神話』(創元社 2018年刊)。 本の書き出しだけを読み、そこから見える景色を描く「フロム・ファースト・センテンス2」を連載中。 kaita-abe.com / kitebooks.info

ファースト・センテンス /

「もし自由なら逃げようと思ったりしない。」

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荒野をローカルバスが走る。
ハイウェイ沿いのいくつかの町を通り過ぎて小一時間。
もう家も人もまるで見かけなくなった。
すぐに夜がやってくるが、いったい目的地まであとどのくらいなのだろう。
バスは標識ひとつない道をただひたすら走り続けるばかりで、
いったい自分がどこにいるのか知る術もない。
隣の席ではお爺さんがコカの葉っぱをくちゃくちゃ噛んでいる。
最初は気になって仕方がなかったその音が、
次第に疲れて緩慢になった頭に暖かく響き始める。

前触れもなくバスはスピードを緩めると、路肩に寄ってエンジンを切った。
道の脇にドライブイン。大きな紙の上に鉛筆で点を打ったみたいに建っている。
バスがタイヤを交換している間、僕は外に出て体を伸ばし、
暮れかけた空と視界の果てまで続く一本道をぼんやり眺めた。
空と地面と低い丘。他には何も無い。

ここに置いていかれたらどうしようもないな…
と、僕は思う。
このままどこまでも歩いていけるんだろうな…
と、もう一人の僕が思う。

やがて再びバスが走り出す。
僕はシートに体を埋めながら、その地に残ったもう一人の僕を窓越しに目で追いかける。
闇に沈んだハイウェイをすたすた歩く彼の姿はどんどん小さくなって、
あっという間に見えなくなってしまった。

こうしてもう一人の僕は本当の自由を手に入れた。
彼は夜通し歩くことだってできるし、広い荒野で一生の相棒と出会うことだってできる。
街に出たら名前を変えたって良いし、港から出る船に飛び乗ることだってできる。
結局何からも逃げ切れずに僕はやがて旅から戻るだろうけれど、
きっと彼が帰って来ることはもうないだろう。

///

「書き出し」の向こうにもう一人の自分を放つこと。
これが『フロム・ファースト・センテンス』の正体だ。
20個の「書き出し」の向こうに放たれた20人の自分。
彼らから届いた(まるで絵葉書のような)イメージは、
半分は僕の記憶でできていて、残り半分は知らない記憶でできている。
そのイメージは一見、もとの本とはまるで関係なく見えるかもしれない。
しかし、一冊の本の中に綴じられているのは文字で記された物語だけではない。
文字と文字の隙間には別の物語がいくつも存在するし、
例え本を閉じたって、その舞台は途切れることなく四方へ広がり続けるのだ。

今回描かれた20枚の絵は、
それぞれの本に直接書かれることのなかった別の物語のうちの一つであり、
そのほんの一節であり、一瞬である。
この一瞬の先に続く物語の行方は絵を見てくれたみなさんに委ねたいと思う。
どうか、もうひとりの自分を絵の中に放ってみて欲しい。
そして物語が無数に散らばっていくことを、僕は期待しています。

\ 開催中 /
阿部 海太 個展 「フロム・ファースト・センテンス 2」
2019年7月13日(土)-7月28日(日)

*絵と冒頭、本のタイトルをまとめたリストを会場でお配りしています。

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