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ヘテロトピア通信 第16回

2017.02.09

ヘテロトピア 通信

2014年からはじまった「鉄犬ヘテロトピア文学賞」の情報発信ページ。選考委員ら(井鯉こま、小野正嗣、温又柔、木村友祐、下道基行、管啓次郎、高山明、田中庸介、中村和恵、林立騎、山内明美、横山悠太)によるコラム “ヘテロトピア通信” も更新中。 (題字/鉄犬イラスト:木村勝一)


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<何にも使われない時間に包まれて>Text by 木村友祐

 はじめて多摩川の河川敷を訪れたのは、一昨年の初夏だったと思う。「はじめて」と言っても、いつだったか思いだせないほど昔に花火大会や散歩などで行ったことはあるのだけれど、遊び以外の目的で出向いたのははじめてだった。そこの川べりに小屋を建てて暮らし、捨てられたり、河川敷で生まれて身寄りのない猫の面倒をみている人たちがいると知り、気になった。自分の食事さえままならないだろうに、ご飯を分け合うように猫と人が一緒に暮らしている。しかも、電車で三十分もあれば行ける場所で。
 行けるなら、行かなければならない。実際に行ってみないとわからないことは確実にあるのだと、以前、原発事故で被曝した牛たちを生かそうとする浪江町の「希望の牧場」を訪ねたときに痛感していた。どれほど自分が、メディアの情報だけで知ったつもりになっていたのかと。
 休日の、家族連れやバーベキューをする若者たちでにぎわう河川敷の奥、雑草が勢いづいて繁茂している川べりには、たしかにブルーシートや寄せ集めの板でつくった小屋が点在していた。けれど、どの小屋にも人影はなかった。中で寝ているのかもしれないところに、小説に書けたらいいなという淡い下心をもつこちらの都合のためだけに、ドアをノックする心の太さはなかった。取材者としては、ぼくは完全にへなちょこである。だけど、ただ奪いに行くような取材だけはやりたくなかった。

ミドリガメの子どもがふわふわと

 結構長いこと、うろうろした。草むらの丈高い草をかきわけて探索したり、ミドリガメの子どもが川の水面をプカプカ泳いでいるのを見かけて愉快な気持ちになったりした。ゆったりと身をくねらせて川底を泳いでいく、鯉と思われる大きな魚影。川鵜がくりかえし水に潜り、その上を白鷺が滑るように飛んでいく。こんなにも生命にあふれた場所が東京と神奈川という大都会の間にあるなんて、と驚く。けれど、だからといってここにいる猫たちが食べ物に不自由しないかといえば、まったく逆だということは、多摩川全域の野良猫のケアを二十年以上も続けている、写真家の小西修さんの活動から教わっていた。
 やっぱり無理だ、帰ろうと思った。どうせ様子を見に来ただけなんだし、だれかに人を紹介してもらって、また来よう。そうあきらめて帰りかけ、いや、と踏みとどまった。もう一回だけ、まだ歩いていない上流のほうに行ってみよう。それでだれにも会えなかったら、終わりにしよう。
 川べりの、ひと気のない小道を上流のほうに向かって進んでいくと、ある小屋の前で、椅子に座って河川敷のグラウンドを眺めているおじさんがいた。今なら、声をかけられるかも。そう思いながら、一度通りすぎる。野球帽を目深にかぶったおじさんは、目を合わせないようにうつむいたみたいだ。そしらぬふりをして回れ右をし、今度こそ声をかけようとおじさんの前を通りかかるものの、またも声をだせないまま通りすぎてしまう。そんな自分の臆病にがっかりし、やっぱダメだと内心しょんぼりつぶやいて、そのまま帰ろうと一瞬思いかけた。けれど、この機会を逃したら、次はないかもしれなかった。
 「あの、すいません」
 半分破れかぶれで声をかけていた。おじさんは帽子の庇の下からこちらを見上げている。
 「ちょっと、お話を聞かせていただけませんか?」
 すると、おじさんは理由も聞かず、ただコクンとうなずいた。そして、自分の横にあったちいさな折りたたみ椅子を、「座れ」というようにぼくに差しだした。ハッとした。野宿者と呼ばれる人たちと、家のある自分たちとは、何も変わらない──そう頭では思っていた。けれど、客人を迎え入れようと椅子を差しだす、その自然な動きに接してはじめて、それが実感として体におさまったように感じられたのだ。

 おじさんの名前は「山本」といった。ふだんどんなふうに暮らしているのか。何で生計を立てているのか。質問に答える山本さんの話は、感心することばかりだった。アルミ缶を効率よく集めるコツ。充電アダプターの中の銅線は高く売れること。自転車はすべて自分で修理。蟹カゴでモクズ蟹をとり(とれた蟹は自分で食べないで人にあげる)、鮎を引っかけ釣りし、食べられる野草の種類や食べる部位、採る時期も知っている。ソーラーパネルでカーバッテリーに蓄電し、それでテレビも観ている。
 野宿者の苦境ばかりを思い描いていたぼくは、先入観を覆されることばかりだった。しかし一方で、野宿者が襲撃されたという悲惨な報告もたしかにある。山本さん自身は襲われたことはないらしいが、かといって見た目の充足感ばかりではないはずだ。
 「でも、大変なこともあるでしょう?」
 と探ってみると、山本さんはちいさく笑って、
 「大変だったこと喋ったって、しょうがねぇ」
 マイペースで、威張ることがなく、それでも何か、飼いならされない強靭なものを内に秘めている。必要なものはあるかと聞いても、「足りてる」と答えるだけだった。
 これは伝えたいなという思いが生まれていた。当初漠然と考えていた、弱い立場にいる野宿者と猫の窮状、という設定はもはや成り立たなくなった戸惑いはありつつも、逆に、この山本さんのように隙間で生き抜くつよさを伝えたいという思いになっていた。なんでも人がやっているのを見ておぼえたという彼のように、自分が生きるために必要なものを試行錯誤してつくったら、たとえ失敗してもたしかな手応えがあるのではないか。生きるって本来、こんなふうにもっと自由でいいんじゃないか。それに、細々とバイトをしながら小説を書いているぼくだって、いつ家を失うことになるかわからないのだから、この暮らしはまったく他人事とは思えなかった。
 聞けば、山本さんも猫を飼っているという。また、これはできすぎた偶然だと驚いたけれど、出身はぼくと同じ青森県だった。この人に話を聞こう。そう決めたぼくは、それから何度か、キャットフードを手みやげに山本さんのところに通うことになった。いないときもあったが、会えば、いつも嫌がらずに話をしてくれたのだった。

 そうしてできあがった『野良ビトたちの燃え上がる肖像』を、つい最近、ようやく手渡すことができた。取材協力として巻末に自分のフルネームが入った本を手にして、山本さんはとくによろこぶわけではなかったが、悪くない感じだというのは伝わってくる。
 近況を聞くと、冬だから、ビールやジュースの空き缶は夏場の半分しか集まらないと言っていた。しかも最近は、年金じゃ足りないからと一般のおばちゃんも小遣い稼ぎで集めたりするから、ますます減って困る、と。「喧嘩してもしゃあねぇから、黙ってっけどよ」と山本さんは笑った。
 いつものことだが、会話と会話の合間に、たまにぽかりと、お互い何も言わない間が生まれることがある。何かに使われたりすることのない、「間」そのものというしかない時間が流れる。そういうときは、一緒にぼんやりと河川敷のグラウンドのほうを見ているようで、ぼくの腕の関節や手の指には、うっすら力が入っている。
 おそらく山本さんは気にしていない。何にも使われない時間に包まれるのは、ふだんからごく自然なものだろうから。でも、ぼくのほうは、おじさんを邪魔してないか、長居してないかという思いにとらわれている。仲良くしているようで、結局はここから立ち去る自分であることは、意識の隅からなくならない。ぼくは「じゃあ、そろそろ」と腰を上げた。そして「また」と言って山本さんと握手をかわし、あらためてお礼を言って別れた。次にいつここを訪れるかわからないまま。

 もう二十五年以上も前になるけれど、大学に入るために上京したときから、駅の構内で夜明かしする人たちの姿は心に残っていた。高層ビルが並びたつその足元で、寝場所を探す人たち。そのすぐそばを、まるで視界に入っていないかのように大勢の人たちが通り過ぎていく。
 その光景は東京という大都会の構図そのもののようで、また、ぼく自身も通り過ぎていく者のひとりとして、見かけるたびにどうにも苦いうしろめたさを感じていた。これでいいわけがないと思いながら、関わりをもつことをどこかで恐れ、長年ほったらかしにしてきた。率直に言えば、自分の書くものが慈善とか博愛臭くなるのを避けたいという気持ちも、言い訳としてあったと思う。
 今回、ようやく小説を書いたからといって、山本さんのように河川敷で暮らす人たち、また路上で暮らす人たちのことを代弁できたなんて思ったことはない。けれど、バイトを終えて家に帰り、面倒を見ている外猫たちに玄関先でご飯をあげているときなど、ふと見上げた夜空に、河川敷の上に雲を浮かべて広がっていた大きな夜空を思いだすことがあるのだった。
 この空は、あの河川敷にじかにつづいている。この空の下のどこかで、山本さんや、たまに見かけた猫たちがひっそり夜をすごしている。言葉にすれば陳腐になってしまうけれど、そんなふうに彼らの気配を肌で感じる自分がいる、それだけはたしかだった。

ほかの人の小屋の前にいた猫。帰ろうとするぼくについてきた

木村友祐(きむらゆうすけ)
1970年生まれ、青森県八戸市出身。著書に『海猫ツリーハウス』(集英社)、『聖地Cs』(新潮社)、『イサの氾濫』(未來社)、『野良ビトたちの燃え上がる肖像』(新潮社)。2013年、フェスティバル/トーキョー13で初演された演劇プロジェクト「東京ヘテロトピア」(Port Bの高山明氏構成・演出)に参加、東京のアジア系住民の物語を執筆(現在もアプリとなって継続中)。

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