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ヘテロトピア通信 第18回

2017.04.13

ヘテロトピア 通信

2014年からはじまった「鉄犬ヘテロトピア文学賞」の情報発信ページ。選考委員ら(井鯉こま、小野正嗣、温又柔、木村友祐、下道基行、管啓次郎、高山明、田中庸介、中村和恵、林立騎、山内明美、横山悠太)によるコラム “ヘテロトピア通信” も更新中。 (題字/鉄犬イラスト:木村勝一)


鉄犬ヘテロトピア文学賞についてはこちら
dancing Nami in japanese tea haouse

<ナミイをよろしく>Text by 姜信子

 春です、サクラチルチル満開の枝垂れ桜の下に入れば、それはまるで白く揺らめく大きな傘のようで、むかしむかし鎌倉室町戦国安土桃山の遠いむかしに、大きな傘の下には異界が広がるとばかりに、歌を詠み、物語を語った者たちがいたことを私は思い起こすのです。

 傘の下の異界、舞い散る花びらのその下には、想いを遂げられずに果てた者たちの、その想いがこの世のしこりのようにわだかまって、災いをもたらすかもしれない、病を吹き散らすかもしれない、狂気を呼ぶかもしれない、それを慰めて鎮めて浄めるためには、力のかぎり歌えや語れや踊れや! 満開の桜の下で、人々は車座になって、そのひとりひとりが歌の主、物語の主、踊りの主となって、次から次へと歌い継ぎ、語り継ぎ、踊り継いでいく……。
 念のため、申し添えておきますが、私がこうして語ろうとしているのは、今の世の花見の風景ではありません。今日も上野公園でも通りかかった目黒川の畔でも盛大な花見の宴を見かけたけれど、そういうことではない、誰かの物語にのまれ、誰かの歌を歌わされ、誰かに踊らされるばかりのあまりに馴染みの風景なんかではなく、いまや失われて久しい、私自身も見たことのない、むかしむかしの花の下の異界の光景を私はありありと想い起こしているのです。
 さてさて、歌う者が歌の主、語る者が物語の主、踊る者が踊りの主、とはどういうことか?
 花の下の車座の者たちは、手を叩き囃し立てつつ、互いの歌、互いの語りにじっと聴き入る、互いの踊りにじっと見入る、そして、なるほど、そう来るか、ならば、その歌その踊り、こう受けてみようか、その語り、こう引き継ごうか、と受けて立つ、少しばかり堅苦しく言うならば、そこには諧謔の心、批評の精神が脈々息づく、車座のひとりひとりが主となる、身分の上下も貴賤もない、要は一筋縄ではいかぬ遊びの場です。そうしてウワーーッと盛り上がるその勢いが、災厄を幸いへと転じてゆく、
 そんな遊びの場の空気を今も残す場があることを、そこは今なお、車座の誰もが主の歌の場、語りの場、踊りの場であることを、遠い南の島のお座敷で三線をかきならして私に教えてくれた人がおりました。傍観などしている場合ではない、自分自身もまた歌や踊りや語りの主になるほかないお座敷、島の地べたを這うように生きている名もなき者たちこそが主となり、地を蹴って跳ねて歌い踊る宴の場。ひょんなことから、そこに誘い込まれて遊ぶうちに、ああ、生きてゆく私たちに何より足りないものはこれだったのか……と、だんだん私は思い知ってゆくのです。
 ごめんなさい、なんだか前口上がもったいぶって長くなりました、私はただただサクラチル春に、私に「お座敷」を教えたあの人のことを想っていたのです、よくよく思えば、あの人のお座敷もまたかけがえのない異界だったのだとしみじみ思っていた。
 あの人というのは、石垣島で出会ったナミイおばあ、沖縄最後のお座敷芸者です。出会ったのはほんの十五年前、なのにそれももう遠い昔の出来事のようです、だから、今日はしみじみナミイのことを語ります、ほのぼのと「むかしむかし」と語りはじめてみます。

◆◆◆

 むかしむかし、私がまだまだおのれの無知にとことん気づかぬままに生きていた蛮勇の時代の出来事です、南の島でナミイという名のおばあさんと知り合った。ナミイは体の99パーセントが歌と踊りでできていました。
 なにしろ、このナミイおばあ、家に訪ねて初めて会って、こんにちは、と挨拶したら、もういきなり、ダーダー、あんたに唄ってあげようね、さあ、そこに座りなさいね、そう言って、あとは息つく間もなくひとりで5時間歌って、手踊りをして、それを生真面目な私は礼儀正しく、とにかくじっと座って見て聴いていた、だって初めての家で、初めて会った人で、そういう場合、そうするのが正しいことと信じていたから、
 そしたら、ナミイおばあが、アキサミヨー、驚いたね、あんたの神さま、どこにいる? そう言って私を叱るわけ、で、ダーダー、あたしの話を聞いてごらん、人間はよ、みんなチージの上に神様がいる、チージというのは頭ということだよ、頭の上の神さまは歌が好きで踊りが好きで、歌を聴いたら踊りだすさ、頭の上で神さまが踊れば、人間だって踊るはずよ、なのに、あんたはなんで踊らないかな、あんたの神さま、どこにいる、困ったさぁ、あんたの神さまは行方不明よ、ダーダー、いますぐいっしょに探しにいこうね、そうさ、歌いながら探したなら、きっとすぐに見つかるはずよ。
 というわけで、歌いながら、踊りながらの、神さま探しの旅がはじまりました。私がまだお肌もつるんとしていた、ほんとにむかしむかしのことです。

<神さま探しの歌 その1 座敷には何度でもストトンと通いまする>
ストトン節

ストトンストトンと通わせて いまさらイヤとは胴欲な
いやならいやだと最初から言えば ストトンと通やせぬ
ストトンストトン

私があなたに来たときは ちょうど十八 花盛り
今さら離縁と言うならば 元の十八 しておくれ
ストトンストトン

ストトンストトンと戸を叩く 主さんが来たかと出てみれば
空吹く風に騙されて お月さんに見られて 恥ずかしや
ストトンストトン

うちのとうちゃん はげあたま となりのとうちゃんもはげあたま
はげとはげとがケンカして どちらも怪我なくよかったね
ストトンストトン

 こうして流れる水のようななりゆきで、ナミイおばあとわたしとふたり、島から島へと旅に出た、いっしょにいれば、ナミイおばあは、ダーダー、あんたにこれは話したかね、あれは言ったかね、と、身を乗り出しては、たった9歳ではじまった島から島へ、お座敷からお座敷への、歌と踊りと旅の人生を滔々と語るのですが、その最初のとっかかりの言葉は、いつも「ダーダー」、その音を聞くたび、このおばあ、南の島のおばあなのに、ロシア人みたいねぇ、と私は思ったりして、そういえば、ナミイおばあと出会った南の島にも、ナミイおばあの3倍くらいの大きさで、歳は3分の1くらいのロシア美人たちが、バーとかスナックにおりました、あの人たちもナミイおばあのような旅人でありました、ズドラーストブイチェはこんにちは、スパシーバはありがとう、ダスビダーニャはさようなら、ダーと言うのは、ハイですね、おばあの「ダーダー」は、どれどれ、はいはい、さあ、なにから話してやろうかね、みたいなはじまりの合図の言葉でした、
 そして、「ダーダー」の次に、ナミイおばあがたくさん言った言葉は、「ありがとう」でした、
 歌をきいてくれてありがとう、踊ってくれてありがとう、笑ってくれてありがとう、食べさせてくれてありがとう、一緒に遊んでくれてありがとう、見知らぬ誰かのために祈るお方にありがとう、行き倒れの旅人を手厚く葬ってくれたお方にありがとう、風の神、水の神、草の神、木の神、石の神、虫の神、小さな神さまたちにありがとう、ダーダー、ありがとう、ありがとう、スパシーバ。

<神探しの歌 その2 ご存知、カチューシャはロシアの娘さ!>
カチューシャの唄

カチューシャ かわいや わかれのつらさ
せめて淡雪とけぬ間に 神に願いを ララ かけましょうか

カチューシャ かわいや わかれのつらさ
今宵ひと夜にふる雪の
明日は野山の ララ 道かくせ

カチューシャ かわいや わかれのつらさ
せめてまた逢うそれまでは
同じ姿で ララ いておくれ

カチューシャ かわいや わかれのつらさ
つらい別れの涙のひまに
風は野を吹く ララ 日はくれる

 よくよく知ってみれば、ナミイおばあは大変な欲張りでありました、神さまにいつもお祈りするのは、120歳まで生かさせてください、ということ、毎朝死んだとうちゃんにお線香あげて命令するのは、ダーダー、あたしのよく動かない足の代わりに、あんたのよく動くその足をちょうだいよ、死んだあんたに足があってもしかたがない、ということ、うーーむ、なんだか、だまされたのかもしれないなぁ、そんな思いが一瞬よぎって、私はほんの少し後悔したかな、そもそもが、私の行方不明の神さまを探して旅に出たはずなのに、気がついたら、ナミイおばあの欲望のままに、オキナワ、トウキョウ、クマモト、タイワン、ハワイ、島から島へ、あちこちめぐって、ナミイの生きる歓びを追いかける旅になっている、強欲おばあは、歌いまくって踊りまくって神さまをたぶらかして、本当に120歳まで生きるつもりのようなのです、
 ということは、あと40年はこの婆さんと二人旅か……、ま、それでもいいか、と私にもだんだんおばあの欲張りがうつってきたようでした、おばあと一緒に歌って踊って神さまをたぶらかすのも面白いじゃないか、うん、これはナミイおばあにあやかりましょう、と。
 あやかる、これもおばあとの旅で覚えた、とてもいい言葉。

<神さま探しの歌 その3 これは目くらましの唄でござる>
チンライ節

手品やるある みな来るヨロシ
うまくゆこなら 可愛がっておくれ
娘なかなか きれいきれいあるよ
チンライ チンライ
チンライチンライ チンライライ

 ほんとのことを言えば、ナミイおばあにはずっと騙されていようと思っていたんです、おばあ、あんたは絶対死なないよ、って騙しとおしてやろうと、
 おばあが歌えば、そこに人が集まる、神が寄る、歓びが溢れる、祈りが満ちる、歌で結ばれてゆく今日から明日への祈りがある、歌うことは心の底から祈ることだとおばあを見ていればわかる、なにしろ、ナミイおばあの人生の99パーセントは歌と踊りでできている、
 そしてそれよりもなによりも肝心なのは、残りの1パーセント、この誰にも言わない1パーセント、誰より深い祈りを宿した1パーセント、それはこの世に生きる哀しみの涙です、そっと流しつづけた涙の海を、歌と踊りで漕ぎ渡る、そうやって生きてきたんです、1パーセントの哀しみを乗り越えて生きてゆくには、99パーセントの歌と踊りが必要だった、そして、時には、誰も見ていないと1パーセントの場所で、死んでたまるか、あたしは絶対死なない、死んで土の下に埋められて、あたしを泣かせたあの人たちにまた踏みつけられてなるものか、誰より長く生きてやるっ、と、地団太踏んで叫ぶナミイおばあもいたんです、
 …………ナミイおばあはもう十分に歌って踊ったのでしょうか、心ゆくまで歌い尽くして踊り尽くすことができたのでしょうか、
 それはついこないだのことでした、風車がくるくるまわる風吹く良き日のことでした、ナミイおばあは、もっと自由で大きな海に、ダーダー、それじゃあね、またね、ごきげんよう、それはもういつになく優しい顔をして、ひとりで舟に乗っていきました、
 さよなら、ナミイ、だすびだーにゃ、120歳ではなかったね、まだほんの97歳だったね、しょうがない、私はナミイに騙されたまま、私の行方不明の神さまを探しつづけよう、ありがとう、ナミイ、すぱしーば、
 風の神、水の神、草の神、木の神、石の神、虫の神、この世のすべての小さき神々にお願いいたします、四六時中歌っては踊ってばかりの騒がしいばあさんですが、どうか、神になったナミイをよろしく。

<ナミイを送る歌  だが、素直に送られるとは、とても思えません>
海上節!

今宵一夜の願いを込めて
かりゆし かりゆし
夜どおしの祈りを込めて
かりゆし かりゆし
海はおだやか 一路平安
かりゆしかりゆし

絹の上から かりゆし かりゆし
布の上から かりゆし かりゆし
海はおだやか 一路平安
かりゆし かりゆし

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姜信子|きょう のぶこ
作家。横浜生まれ。主な著書に『棄郷ノート』(作品社)、『ノレ・ノスタルギーヤ』『ナミイ 八重山のおばあの歌物語』『イリオモテ』(岩波書店)、『はじまれ 犀の角問わず語り』(サウダーブックス+港の人)、『生きとし生ける空白の物語』(港の人)、『声 千年先に届くほどに』『妄犬日記』(ぷねうま舎)、『平成山椒太夫 あんじゅあんじゅさまよい安寿』(せりか書房)など。路傍の声に耳傾けて読む書く歌う旅をする日々。

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