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それぞれの道具「道具と出合う、本の中へ」 11 ”百円札”

2016.08.11

中澤 季絵

中澤季絵(なかざわ・きえ)イラストレーター/絵描き  絵で暮らしをいろどる楽しさを軸に幅広く活動中。理科系出身、生き物がとてもすきです。脇役蒐集人。このページでは、本の中の道具を描き連載中。 www.kienoe.com

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百円札

「私は、七七八五一号の百円紙幣です。あなたの財布の中の百円紙幣をちょっと調べてみて下さいまし。
あるいは私はその中に、はいっているかも知れません。」

『女生徒』角川文庫より
「貨幣」 太宰治 作

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誰かの、一つの経験と引き換えに、お金が渡される。
お金を渡された誰かの手から、別の誰かの手にお金が渡される。ずっと繰り返される手続き。

この物語の主人公は、まだ戦争が終わらない頃の、使い古された一枚の百円札。

本の中で思いがけずお札が語りだしたから、自分のお財布のなかにあるお札を
まるできれいな折り紙でも眺めるように、それから生きものにでも触れるように、そうっと取り出してみる。
そのシミや一本一本の折り目の理由を私は知らない。これまでどこの誰に、どんな理由で、
どんな感情を伴って使われたのかも、知る由もない。

ただ、今このときに私の手の中にあるということだけは事実で、
私もこのお札を、誰かに渡すときがくるんだね。何のために?

そのとき、お金を使う人の想像力が試されるのかもしれない。
たぶん数字の大きさのことじゃなく。

たった一枚のお札が無限の選択肢に姿を変えながら、ヒトの手のなかを泳いでいることを思うと際限がなくて
宇宙みたい。時代とか国とかいう分類も、その流れをせき止めることはない。

流れが大きすぎて、なんだかこわい?きっとこわくない。
さまざまな「使いみち」に込められた、ほんのちょっとの決意や、どんなに小さな愛も消えたりしないなら。
その行く先はいつだって、明るさを失わないはずでしょう?

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