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それぞれの道具「道具と出合う、本の中へ」 9 ”花かんざし”

2016.01.30

中澤 季絵

中澤季絵(なかざわ・きえ)イラストレーター/絵描き  絵で暮らしをいろどる楽しさを軸に幅広く活動中。理科系出身、生き物がとてもすきです。脇役蒐集人。このページでは、本の中の道具を描き連載中。 www.kienoe.com

花かんざし

「雑貨部は、広い土間にしてあって、その中に、硝子張りの陳列箱が並べてあった。
いろいろな土産物だの、花かんざしなどが、この陳列箱の中に並んでいるのが、美しかった。」

『中谷宇吉郎随筆集』樋口敬二 編 岩波文庫より
「私の生まれた家」中谷宇吉郎 作

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その思い出をきいて、胸がすうっとした。
子どもの頃から変わらない純真な感動や直観、さらには愛情みたいなものが、そのまま
ことばや科学になっていくのを、この文章を辿ることで確かに見て取ることができたから。

著者の中谷宇吉郎は、雪と氷の研究で名高い物理学者。世界で初めて人工雪を作ることに成功した。
科学に関すること以外にも数多くの随筆を残していて、本作では著者が幼い頃を過ごした家について
書いている。著者の生家は石川県にある片山津という小さな街の呉服雑貨店で、土産物やかんざし、
反物などが沢山あったという。

硝子張りの陳列箱に入った美しい小物をそっと見つめる少年のまなざしは、息をのんで顕微鏡を覗き、
めくるめく雪の結晶に心躍らせる科学者の姿と少しも違っていなかった。
些細な変化や輝きを見逃さない真摯な瞳もそのままで。

「音楽も、絵も、科学もみんな詩から生まれるんじゃないかな」
「その自由が宇宙に近づく一番の方法なんじゃないか」

急にまじめな顔をして、そんな話をしたばかりだったから。
ことばや科学がはじまるときの、その光の粒から目が離せない。

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