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「もやもやの午」 其の三『名古屋の女(ひと)』2

2017.04.02

イトウ ユタカ

イトウ ユタカ:音楽製作業と並行して近年、著述業を開始。2015-16年、雑誌SWITCHにて 音楽家・小島ケイタニーラブ、写真家・朝岡英輔とともに記事を連載。小島と作家・温又柔 のユニットpontoに雑談/音響として参加中。雑談が好きなので、雑談家という肩書きをつ くってみました。雑談しましょう。

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 初めて降り立った名古屋駅は想像以上に大きく、多くの出入り口があった。そのうちのひとつ豊臣秀吉にちなんだ名前だと思われる太閤通口を探す。すこし遅れそう、というメッセージがスマートフォンの通知画面に出ている。こちらも、と短い返信を送る。駅ビル内のコンコースを少し歩くとチェスの駒のような形をした銀の時計のオブジェの先にガラス扉があり、そこを抜けると外に通じ大きな噴水のある広場に出た。噴水の中央には白い花のような形のオブジェがあった。定期的に水が噴き出す仕組みなのか、今は少量の水がしょぼしょぼと静かに流れ出ている。
 「お待たせしま〜した」
 背後から声をかけられて振り返るとA子がいた。正確に言うと、その女性がA子だと認識できるまでにしばらく時間がかかった。彼女は、ビーズのネックレスにドレッドヘアとラスタカラーのヘアバンド、インド綿のロングスカートにおでこに謎の赤い斑点をつけた出で立ちで現れた。目には銀色に近い色のカラーコンタクトをはめている。
 「久しぶり、前会った時と随分印象ちがうね。」
 「地元にいる時はいつもこんな感じだよ。」
 といって両手を合わせて顔を少し斜めにしながらお辞儀した。両手の小指には謎の大きな青い石の指輪をしている。ジャマイカ系なのかインド系なのかよくわからないが、あえて聞くのはやめた。

 彼女と初めて会ったのは、結果的にバンドの最後のライブとなってしまったイベントだった。以前からそのライブハウスからは声をかけてもらっていたのだが、懇意だった担当者が店の金を持ち逃げして消えてしまい、別の担当者が取り合えずの引き継ぎでイベントブッキングを切り盛りしていた。そのせいなのか、僕らの対バンに選ばれていたのは、音楽性の程遠い革ジャンリーゼントのロックンロールなバンドだった。メンバーは不惑を越えていそうな雰囲気だったがベーシストだけひとり若い。固定ファンがいるらしく、フロアは彼らの客で半分ほど埋まっている。二番手だった僕たちは 舞台袖から彼らの演奏と盛り上がる客席を見ていた。最前列までせり出して水玉のワンピース姿にポニーテールの女たちがツイストダンスを踊っている。まるで彼女らまで出演者のようであった。僕らの出番になった。先ほど最前列を陣取っていた女の子たちは後ろのバーカウンターで演奏を終えたバンドメンバーたちと大声で騒ぎあっている。つまり僕らの目の前はがらがらだ。薄暗いフロアの奥から響く嬌声が一曲演奏するたびに響く。最後の曲を終えて叩かれる義務のような拍手。僕らが退場しきる間もなくその拍手も静まり、当然アンコールもなかった。終演後のBGMがいつもより早めに大きくなったように思えた。別に対バンの彼らの音楽性がどうとか、ついてるお客がどうとかではなく、僕らのバンドを見に来ている客がひとりもきていないということがショックだった。それは他のメンバーも同じ気持ちだったと思う。楽屋にもどるとすぐに楽器を片付けて、地下のライブハウスをあとにした。出入り口の階段を上ると、先ほどのポニーテール集団がベーシストの周りを囲んでいる。おつかれさまでした、と声をかけて横切ると、ポニーテールのうちのひとりが声をかけてきた。
 「あの、ライブ、すごいよかったです。わたし好きです。」
 まさかそんなことを言われると思わず、一瞬たじろいでしまった。
 「ディレイのかかったテレキャスの音、すごいきれいでした。」
 「あ、ありがとうございます。」
 数日後、SNSで友達申請が来た。サムネイル画像で微笑む姿は声をかけてくれたA子だった。少し、タイプの顔だったこともあって、僕は申請を承認した。そのとき、プロフィールに名古屋市在住という文字を見つけた。名古屋からわざわざ東京のライブハウスまで来ていたのだろうか。昔住んでいた住所から変更していないだけかもしれない。高速バスの車中から駄目でもともと、と思いながらメッセージを送った。”今日名古屋いくんですが、おひまですか?”ほどなくしてA子は返事とともに、待ち合わせ場所を知らせてきた。”太閤通口のリリーのまえで!”

 「リリーって、この百合のことだったんだね。」
 そう言われると、噴水のオブジェは百合に見えなくもない。
 「そうよ。」
 「正直言って最初ぴんとこなくて、花壇とか探しちゃった。」
 と僕は笑いながら言った。
 「名古屋のひとはだ〜いたいここで待ち合わせるよ。」
 「そうなんだ」
 「じゃあ行こうか。名古屋案内するね。」
 「お願いします。はじめてだから全然わからない。」
 そのとき、”リリー”のライトアップが始まった。白地の百合はそのままスクリーン代わりになり、照明が様々な色の変化をつけた。噴水が勢いよく水を上げる。駅の時計は5時を指していた。
 「Splash!ちょ〜うどいい時間だったね。Welcome to Nagoya!」
 彼女は手を広げながら、少し発音のいい英語でそういったのち、ネオンのつき始めた繁華街のほうへと歩き出した。

つづく

写真 /朝岡 英輔

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