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「もやもやの午」其の六『名古屋の女(ひと)』4

2017.10.13

イトウ ユタカ

イトウ ユタカ:音楽製作業と並行して近年、著述業を開始。2015-16年、雑誌SWITCHにて 音楽家・小島ケイタニーラブ、写真家・朝岡英輔とともに記事を連載。小島と作家・温又柔 のユニットpontoに雑談/音響として参加中。雑談が好きなので、雑談家という肩書きをつ くってみました。雑談しましょう。

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 A子の家はカフェから10分ほど歩いたところにあった。歩くにつれ雑居ビルやお店は減っていき、街並みは一軒家やマンションの立ち並ぶ住宅街に変わっていった。住宅街の景色は東京の郊外となんら変わらない。オーガニックワインの酔いも手伝ってか、もはやここが名古屋なのか東京にある自分の家の近所なのかもわからなくなってくる。3階建てアパートの鉄骨の外階段を登りきると、A子は小走りに一番奥の扉を開け、片付けるから、少しだけ待ってて、と言って中に入っていった。ややあって扉の向こうから、どうぞ、という声が聞こえる。中に入るとごく狭い玄関があり、クッションフロアのダイニングキッチンにそのまま繋がっている。石鹸のような匂いが漂ってきた。部屋の中央に置かれた木製の丸テーブルの上にはアロマポッドが置かれていて水蒸気を上げている。テーブルの向こうの曇りガラスの引き戸の奥にA子のシルエットが見えた。
「なんの香り?」
「リリーだよ。」
 引き戸越しにA子が言った。
「おお、自分の名前だね。」
「うん、この香りが一番好きなんだよね。」
 向こうの部屋の電気が消え、引き戸がガラガラと開いた。A子はタオル地のパーカーにデニムのショートパンツを履いた格好に着替えていた。白い太腿が露わになっている。
「汗かいたから部屋着に着替えちゃった。」
 A子は引き戸を閉め、冷蔵庫のドアを開けた。庫内の上段には先ほどのカフェで出されたミネラルウォーターがぎっしりと詰まっていた。下段には、白ワインが二本横たわっている。彼女はそのうちの一本を取り出しテーブルに置いた。ラベルにはまた白人の男の写真がついている。
「あ、そういえば。」
 と言ってA子は冷蔵庫の上に重ねて置かれている電子レンジの脇にあった小さなプラスチックケースをとった。
「このサプリ、二日酔いに効くんだ〜よ!」
 なにやらハーブを何種類か配合してあるというが、とりあえずすすめられるままに二錠を飲んだ。ラベルには”SuperSurviive”と書いてあり英語の説明書きがあったがなんのサプリだかさっぱりわからない。そしてやはり、例の白人の写真がついている。、A子はワインを開け、グラスに注きはじめていた。さすがに気になったので、聞いてみた。
「この白人のおじさんは何者なの?」
 彼女はグラスに注ぐのをぴたりと止めこちらに向いた。
「それは、飲みながらゆっくり説明するよ。」
 彼女の表情が一瞬だけ真顔になったが、すぐに頬をゆるめ、
「さあ、あらためて、Cheers!」
 とグラスを傾けた。
「このワインも美味しいね。」
 正直に言うと、結構酔いが回っていて味もよくわからない。
「でしょ?」
「でもA子って色白だよね、足がすごい綺麗。」
「ありがと〜う。でも、どこ見てるんだ〜? 」
 と言ってテーブルの横から左脚を上げた。スラリと長いが、細すぎない足だ。その足をしまうと、今度は僕の足の甲を軽く踏んだ。靴下越しに柔らかいA子の足裏の感触が伝わってくる。
「あ、ごめん。わざとだけどね。」
 彼女は文字通りふふふと笑い、足の親指でぼくの足の甲をすっとなぞった。電子レンジの上に置かれたデジタル時計のアラームが短く鳴る。時刻は9時を指していた。
「で、さっきの話の続きなんだけどさ。」
 彼女は立ち上がり部屋の隅にある背の高い本棚の前に立ち、こちらに背を向けた。ショートパンツのヒップラインは起伏のある流線型を描いている。尻をかすかに揺らしながらA4サイズの薄い冊子を二冊引き抜き、テーブルの前に載せた。青空に草地が広がる海外の牧場のような風景写真を背景に、スーツ姿の白人男性が笑顔で写る姿が表紙の、なんらかのパンフレットのように見える。もう一枚は同じ男性が、超高層ビル立ち並ぶ大都市の風景写真をバックにしている。どちらも”あなたは、今の自分に満足していますか?”という文字が躍っていた。
「なにこれ?」
「いいから、ちょっと読んでみて。」
 促されるままページを開く。アフリカかどこかの難民とおぼしき茶色の頭巾を巻いた黒人の女性が泣いている赤ん坊を抱きかかえる姿や、おそらく予防接種を受けるために列をなす半裸の黒人の子供たち、真新しい校舎のような建物を前に整列した小学生ぐらいのアジア系の子供たちの写真などが並んでいる。さらに次のページをめくると、あらゆる人種の人々が笑顔で写る写真の数々。そして、今日いろんなところで目にしてきた商品、水、ワイン、サプリなどの紹介記事がならぶ。
「・・・なにこれ?」
「これは、わたしのもうひとつの仕事。総合的なマーチャンダイズを行ってて、サテライトメンバーを通じてカスタマーに商品を」
「いや、ちょっとまって。よく分からない。」
「あ、そうだよね。ちゃんと一から説明するね。まず、これは全然怪しいものとかじゃなくて。今日飲んだり食べたりしたものは、すべて同じネットワークの商品でね。アメリカ発祥の最先端のものなの。で、なにが画期的かっていうと・・・。」
 A子の話はフェードアウト、つまりすこしずつ耳から遠ざかっていく。グラスにはいったワイン越しに部屋を眺めた。熱弁を振るう女の姿はぐにゃぐにゃと歪んでいて、グラスの中に高周波がキインと反射する。天を仰ぐ。天井の木目がワウペダルを踏むリズムで膨らんだり縮んだりしている。やばい、という言葉が茫漠と頭に浮かんでくる。やばい・・・。
つづく写真 /朝岡 英輔

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