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「ここからだして」「SONG LINE」

2015.08.08

ponto

ponto…2014年3月、小説家・温又柔と音楽家・小島ケイタニーラブが、朗読×演奏によるパフォーマンスをはじめ言葉と音を交し合いながら共同制作するために結成したユニット。同年9月、構成・音響・演奏をとおして2人の活動を支える伊藤豊も雑談家として加入。 SBBで行われている温又柔と小島ケイタニーラブの創作イベント「mapo de ponto」でできた作品をこちらのページで公開中。

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【小説家から音楽家への手紙――mapo de ponto 第3部開始に寄せて】

ことばをもちいて生きていることがときおり窮屈に思えることがあります。
記憶する限りの文字という文字をすべて忘れたくなることがあります。
そう、どうしてだか急にかわいそうになることがあるのです。

私の声が、声という声が発せられた瞬間にただちに文字に囚われてしまうことが――。

あなたの奏でるうつくしい響きを恋しく思います。
あなたの音で、私の声を文字からひき剥がしてほしいと思うことがあります。

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ok8「ここからだして」 (温又柔)

目は、私をつかまえたとおもいこむ。
耳は私がとおざかるのをあきらめる。
文字が私を囲いこむ。

やめて。

ここから出たいの。
おねがい。
私をここから出して。

文字は私を決めつける。
文字は私を線にして、たった一つにととのえる。

やめて。

目をとじて 私にふれて。
耳はあけて 私をそそいで。
線にされる前の私をありったけうけとめて。
おねがい。

ここから出して。
私を。

私をたいらにしてたった一つにととのえようとしないで。

文字から私をひっぺがして 感じて
うたって。

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ティム・インゴルド/工藤晋 訳『ラインズ 線の文化史』左右社
引用:「歌とは、人が偉大なる力によって心動かされたときに呼吸とともに
つむぎだされる思考なのだ……私たちに必要な言葉がことば自体としてほとばしるとき、あたらしい歌が生まれる。」
オーピンガリク、ネツリク・イヌイットの長老(Adams 1997:15)

 

 

sono8 「SONG LINE-kanto linio-」(小島ケイタニーラブ)

~大きな山を二つ、そのあとに小さな山を三つ、
さらに大きな山を一つと小さな丘を二つ越えたところのお話~

(以下日本語訳)

〈Linio 1〉
大きな山を二つ、そのあとに小さな山を三つ、
さらに大きな山を一つと小さな丘を二つ越えたところにある草原で、一匹の鹿が走っている。

蹄を元気に鳴らし、春を満喫しているのだ。
小さな泉を見つけ水を飲む。そしてまた走り出す。

途中で蝶たちと戯れていると優しい風が吹いてきた。
鹿は腰を下ろし、目をつぶった。

〈Linio 2〉
雨の音で目が覚めた。気が付けば空に雨雲が広がり、
ポツポツと降り出した雨が次第に強くなっていく。

遠くで鳴り響く雷鳴。嵐の中を鹿は走り出す。
夢中で走る鹿には、近くに迫る崖に気付くはずもなかった。
足を滑らせ転げ落ちていく鹿。その命が終わる。

崖の下、いつかの鹿が眠るその場所で、今日も蝶たちが舞っている。

 

【店主の一言メモ】
温さんの「文字から私をひっぺがして」というメッセージに対して、
小島さんは言葉の意味をこえた「声による、声のみのコトバのうねり」で答えました。
山を越えていく声を、鹿が闊歩する声を、<日本語訳>をみながら感じてみてください。

ムービー撮影:朝岡英輔

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