映画酒場、旅に出る(SEOUL編_その3)
2018.06.26
映画をめぐる小さな物語をつづった個人冊子『映画酒場』発行人であり、エディター&ライターの月永理絵による旅日記。(月2で更新中)
「映画酒場」「映画横丁」編集人による、2018年冬のソウル滞在記。映画と本と酒の記録。
2月27日(火)
今日の目的地は、この旅のもうひとつの目的であるジョナス・メカス展。地下鉄の安国駅から国立現代美術館ソウル館へ向かう。三清洞付近を歩いていると、伝統的な韓屋を改造したカフェやゲストハウスをいくつも目にする。ホン・サンス監督、加瀬亮主演の映画『自由が丘で』のロケ地となったカフェ「JIYUGAOKA8丁目」を発見する。2014年の映画だが、店にはまだ映画のポスターが貼られていた。映画に登場したゲストハウスもこのへんにあるのかもしれない。美術館に到着すると、入口で、若い女の子に写真を撮ってほしいと頼まれる。Instagramにでも載せるのためなのか、慣れたようにひとりポーズを決める姿に思わず微笑んでしまう。
「ジョナス・メカス:刹那、さっと、振り返る」はとにかく素晴らしい展示だった。何より素晴らしいのは、会場の巨大さと設備の豪華さ。天井が高くだだっ広いスペースのなかで、メカスのフィルム・ダイアリーが大スクリーンに投影される。床には大きなクッションがいくつも並べられ、鑑賞者は寝転びながらスクリーンを見ることができる。延々と流れる映像と音にひたっていると、あまりの心地よさに、時おり眠気に襲われる。だが目覚めても映像は変わらず流れ続け、このまま何時間でもこうしていたいと思う。ただただメカスの膨大な数の映像群に浸れる巨大な空間。メカスの作品は本来こうやって見るためにあるのかもしれない。
メカス展と同時開催の展示「イム・フンスン〈私たちを引き離すもの〉」もおもしろかった。以前サムスン美術館Leeumに行ったときも感じたが、メディアアートに関して言えば、展示のレベルは日本よりも格段に高い気がする。国立現代美術館では、2015年に「フィリップ・ガレル:燦爛たる絶望」という映像展示も行われていて、メカス展はそれに続く二つ目の企画らしい。これほど充実した映像展示を、たった4000ウォン(約400円)で見られる機会はそうそうない。次の企画はいったい誰の展示になるのだろう。
美術館を堪能したあとは、三清洞で餃子を食べ、昨日のリベンジとしてTHE BOOK SOCIETYに向かう。二階に上がりドアを開けると、すぐに雑誌コーナーが目につく。『アイデア』などの日本語の雑誌や英語の雑誌も揃っている。お店全体としては画集や写真集が中心といった印象。国立現代美術館との共同企画もしているお店というだけあり、美術館の図録が多いのも特徴だ。いわゆる普通の文芸書も並んでいる。『本の未来を探す旅ソウル』で写真を見て気になっていた、workroom pressの「提案」シリーズ(著者名も書名もないクロス装のシンプルな表紙に帯を巻いた、新しい文芸書シリーズ)を発見し、その端正な造りをじっくりと眺める。Zineコーナーには様々な種類の冊子や本が並んでいて、内容は読めないが、デザインのおもしろさに見ているだけでわくわくしてくる。イベントも定期的に行うということで、棚に整然と本が並んでいるというより、どこかサロン的な雰囲気だ。箱に入ったデニス・ホッパーの写真集を手にとるが、こちらはなかなかのお値段。悩んだすえに、ここでは、ジョナス・メカス『難民日記』の英語版(I HAD NOWHERE TO GO)を購入する。
光化門まで歩き大型書店の教保文庫に立ち寄るが、広い店内を見て回る元気がなく、明日またゆっくり来ることに。夜は、鍾路3街の焼肉通りへ。通りには、ずらりと焼肉屋が並び、夕方17時くらいからすでに活気にあふれている。適当なお店に飛び込むと、サムギョプサルとチャミスル(焼酎)を注文する。実は連れ合いはまったくお酒が飲めないので、肉を焼きながら、ひとりちびちびと焼酎を飲む。観光客ばかりかと思いきや、背広姿の男性たちや、大学生らしき若者たちが肉を囲んでわいわいと楽しんでいて、その活気に満ちた様子にこちらまで嬉しくなる。いつのまにか焼酎瓶は空になり、お腹も膨れてきたところでひとまず退散。通りをぶらぶらしていると、韓屋をリフォームしたおしゃれなカフェやレストランが見えてくる。狭い通りに並んだお店を眺めていると、横丁気分がどんどん盛り上がる。そのなかで、一軒気になるお店が。映画のポスターとタイトルがずらりと並んでいるので一瞬映画館かと思うが、どうも中でDVDを見るタイプのカフェのようだ。そういえば韓国では、個室でDVDを見るスタイルのカフェがあると聞いたことがある。入ってみようかとしばし悩むが、すでにほろ酔いということもあり、近くのカフェでコーヒーを飲むことにする。
ホテルへ帰り、パソコンでホン・サンスの『次の朝は他人』を見直してみる。旧知の先輩に会うためソウルにやってきた映画監督が、冬の街を彷徨い、酒を飲み、ぐだぐだとおしゃべりをする。舞台となるのはソウルの北村付近。主人公たちが訪ねる「小説」という名前のバーが気になるが、果たしてどこにあるお店なのか。ほろ酔いで映画を見ていると、街を歩く主人公が、偶然出会った知人女性から「あなたの写真に撮っていい? できればその壁に寄りかかってみて」と提案される。街の地図が貼られた壁に男が寄りかかるショットで、映画は幕を閉じる。ふと、その地図に見覚えがある気がして画面をストップさせる。それは北村付近の地図が貼られた教会の壁だった。実は今日の昼間に、私たちも同じようにこの場所で写真を撮っていた。その不思議な偶然に思わず笑い声をあげた。
月永理絵
1982年生まれ。エディター&ライター。
個人冊子『映画酒場』の発行人、映画と酒の小雑誌『映画横丁』(株式会社Sunborn)などの編集を手がける。http://eigasakaba.net/