映画酒場、旅に出る(SEOUL編_その4)
2018.07.08
映画をめぐる小さな物語をつづった個人冊子『映画酒場』発行人であり、エディター&ライターの月永理絵による旅日記。(月2で更新中)
「映画酒場」「映画横丁」編集人による、2018年冬のソウル滞在記。映画と本と酒の記録。
2月28日(水)
旅先ではバスに乗りたくなる。便利なのは、路線図が明確な地下鉄。でも、地下を走るだけだと、街の構図やイメージがうまくつかめない。その点バスでの移動は、時間はかかるが楽しい。この道がどこにつながっていて、どのくらいの距離感なのかがわかりやすいし、何より窓から景色が見られるので、乗っているだけで観光気分を味わえる。ソウルも4日目ということで、今日はバスでの移動をすることにした。
ホテルがある西大門にはバスターミナルがいくつもある。ハングルが読めないので最初は路線を調べるのに手間取ったが、漢字やアルファベットの表示をなんとか読み取りながら路線を調べる。今日向かおうとしているのは弘大(ホンデ)地区。学生街でおしゃれなお店が多いとガイドブックには書かれている。西大門から20分ほどバスに乗ると、大きなショッピングビルなどが見えてくる。
私たちが向かったのは弘大近くにあるTHANKS BOOKS。2011年にオープンし、今ではソウルの独立系本屋として有名らしい。オープンは12時なので、街をぶらぶらし、途中で見つけた激辛ラーメン屋で昼食を済ませる。やはり学生街だからか、若い人たち向けのお店が多く、どことなく原宿のような雰囲気を感じる。オープンと同時に駆け込んだTHANKS BOOKSは、写真で見ていたとおり、明るく開放感のあるお店。カフェも兼ねているとのことだが、本屋スペースとカフェスペースがはっきり分かれているわけではない。本棚に囲まれた真ん中にソファとテーブルが置かれており、レジカウンターでコーヒーを買ってゆっくり飲めるスタイルのようだ。
一見、若い人向けのおしゃれな本屋さんという雰囲気だが、本棚を見ていくと、小説から人文書までたくさんのジャンルの本が置かれているのがわかる。表紙で「あ、これは」と手に取ったのは、フランスで出版されたエリック・ロメール監督のインタビュー集。2015年にアメリカで出版され、韓国では2017年3月に翻訳されている。日本では未邦訳なので少々悔しい。他にも、日本でも話題になったロクサーヌ・ゲイの『バッド・フェミニスト』や、朝日出版社から出ているidea inkシリーズの翻訳も何冊か見かけた。Zineコーナーは一般書とは別に設けられていて、小さな冊子のサンプルが壁にずらりと並んでいる。
お店の人に断り写真を撮らせてもらいながら、長い時間をかけて本を物色する。
悩んだすえに、『Magazine B』のソウル特集号を購入。『Magazine B』は、韓国で年10回発行されているドキュメンタリーブランドマガジン。毎号ひとつのブランドを取り上げ、取材やインタビューで掘り下げていくというおもしろい趣旨の雑誌で、以前、無印良品を取り上げた雑誌を見かけたことがある。ソウル特集なら旅に役立ちそうだし、英語で書かれているのでこれなら少しは読めるはず。
本を購入し上機嫌で街を歩いていると、午前中は小ぶりだった雨がどんどん激しくなり、あわてて近くのカフェへ避難する。外は、まるで嵐のような激しい雨と風。本当はこのあと、同じく独立系書店として有名なYour Mindに向かおうと思っていたのだが、調べたところ少し不便な場所にあるらしく、この天気で向かうのは無謀という結論に。そこで、昨日きちんと見られなかった教保文庫へ目的地を変える。教保文庫なら地下鉄の光化門駅から直結しているので、雨のなかを歩かなくて済むからだ。
光化門駅で降りると、ある広告が目に飛び込んできた。どうやら、韓国の作家たちによるシリーズ本の広告。乏しい知識でなんとかハングルを読んでいくと、キム・ヨンスやハン・ガン、パク・ミンギュといった名前が読み取れる。最近、日本ではこれらの韓国の若手作家たちの小説の翻訳が立て続けに出版されていて、私も気になっていた。今回のソウル旅行にも何冊か翻訳本を持ってきていて、ちょうど今はキム・ヨンスの『世界の果て、彼女』を読んでいるところだ。
教保文庫は、ソウルでも有名な大型書店。広大なフロアには、国内/海外の書籍がずらりと並んでいて、それらを見ているだけで数時間は経ってしまいそう。日本の小説や実用書の翻訳本も多いし、英語の本だけを集めたコーナーもある。まずは映画本の棚を物色する。なかなか解読に時間がかかるが、写真やアルファベットを頼りに本の内容を探りあてていく。こうして外国の本屋の棚を見ていると、「なるほど、韓国ではこんな映画関連書が出ているのか」と日本との違いがわかって実に楽しい。雑誌コーナーでは、気になる映画雑誌『MAX MOVIE MAGAZINE』を発見する。表紙には、先日日本で見た映画『殺人者の記憶法』に主演していたソル・ギョングの写真。パッキングされていて中は読めなかったが、写真と短いハングルの文字だけ、というシンプルなデザインに惹かれ、買ってみることに。ちょうど『現代詩手帖』の連載でとりあげようと思っていた『君の名前で僕を呼んで』の原作ペーパーバックもついでに購入する。
ホテルへ帰り、先日ロッテ・マートで購入した豚肉ともやしをコチジャンで炒める。夕飯を食べながらさっき買った『MAX MOVIE MAGAZINE』を開いてみると、俳優ソル・ギョングのファンブックといったテイストで、彼の写真やこれまでの出演作などが200ページ分たっぷりと詰まっている。本文はすべて韓国語だが、特集名だけでも知りたくてGoogle翻訳で調べてみる。「설경구는아름답다(ソル・ギョングは美しい)」。その潔い特集名に思わずため息がもれた。
月永理絵
1982年生まれ。エディター&ライター。
個人冊子『映画酒場』の発行人、映画と酒の小雑誌『映画横丁』(株式会社Sunborn)などの編集を手がける。http://eigasakaba.net/