フロム・ファースト・センテンス issue2
2016.05.01
阿部海太 / 絵描き、絵本描き。 1986年生まれ。 本のインディペンデント・レーベル「Kite」所属。 著書に『みち』(リトルモア 2016年刊)、『みずのこどもたち』(佼成出版社 2017年刊)、『めざめる』(あかね書房 2017年刊)、共著に『はじまりが見える 世界の神話』(創元社 2018年刊)。 本の書き出しだけを読み、そこから見える景色を描く「フロム・ファースト・センテンス2」を連載中。 kaita-abe.com / kitebooks.info
ファースト・センテンス /
「帆布一つ動かない、帆走遊覧船ネリー号は、ゆっくりと流れのままに揺れながら、錨をおろしていた。
潮は上げ潮になり、風はほとんど凪ぎだった。河を下るというのであれば、じっとこのまま潮の変りを待っているよりほかなかった。」
ときおりやわらかい風が頬を気怠く滑っていく。
河岸から見る広い空はきっと澄み切って、水面は光り輝く。
斜陽とまではいかないが陽は次第に黄味がかり、
もうすぐ夕方が来ることを知らせている…と絵描きは勝手に描き始める。
問題は行き先だ。
「潮」があれば先は海だ。
「帆走遊覧船ネリー号」はきっと西洋の船だろう。
遊覧とあるから、もしかすると遠出はしないのかもしれない。
ただ最後の一文を読むと、どうもそうとは思えない。
「じっとこのまま潮の変りを待っているよりほかなかった。」
これは”もうすぐその時がくる”というサインだ。
変化はすぐそこまできている。何かが起ころうとしている。(当たり前だ。これは本の書き出しである。)
船は海へ出た。
町の喧噪が、工場の異臭が、日々の煩わしさがみるみる遠ざかる。
まっさらな海。まるで真新しい本のような、どこまでも続く空白の処女地。
これこそ道なき道。道なき未知。
そもそも既知の道なんてものがあるのだろうか。疑問すら行き先知らずに浮かんでいる。
幾日もの航海を経て、人は再び人に出会う。
褐色の肌をした少年がこちらを見ている。
まるで海のような目でこちらを見ている。