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ヘテロトピア通信 第11回

2016.08.17

ヘテロトピア 通信

2014年からはじまった「鉄犬ヘテロトピア文学賞」の情報発信ページ。選考委員ら(井鯉こま、石田千、小野正嗣、温又柔、木村友祐、姜信子、下道基行、管啓次郎、高山明、田中庸介、中村和恵、林立騎、山内明美、横山悠太)によるコラム “ヘテロトピア通信” も更新中。 (題字/鉄犬イラスト:木村勝一)


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<奉一切有為法躍供養也>text by 山内明美

 

 宮城県の七ヶ浜あたりを起点として、岩手県宮古まで、まるでゴジラの歯のようにギザギザと複雑なリアス式海岸が連なっています。虫眼鏡を覗き込むように大きな岬をどんどん拡大していくと、その大きな岬には、さらに小さなギザギザがあり、そのギザギザになっている入江ひとつひとつに漁師たちの暮らす集落が連なっています。ひとつの小さな入江には30軒ほどの漁師の家々が立ち並び、巨大な太平洋に向かって、ほんのちいさな漁港を共有しています。

 親潮(寒流)と黒潮(暖流)がぶつかる三陸沿岸は、豊穣の海であり、世界三大漁場のひとつに数えられています。湾に浮かぶ島々の植物相は北と南の植生が入り混じった不思議な風景をつくりだし、ギザギザの入江は日陰と日向が絶妙で、魚が棲むには最高の場所なのです。

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山内さん写真 海の向こうから渡来する神に、「えびす」がいます。恵比寿は多様な顔を持った神です。ためしに、PCで「えびす」を変換すると、恵比寿、戎、夷、蛭子、胡、戉、狄といった具合に、たくさんの「えびす」の文字に出会うことができます。これらの意味をひとつひとつ見ていくと、「あごひげが長い人々」「異族」「ヒルコ」「渡来神」に至るまでたくさんの意味があります。土地によっては、クジラ、イルカ、ウミガメなどを「えびす」と呼んでいるそうです。私たちにとって身近な「えべっさん」は、豊漁や商売の神様ですが、その意味や由来はとても複雑そうです。
 日本書紀や古事記では、イザナギとイザナミの子どもが、3つになっても立つことができなかったため、クスノキで造った船に乗せて流したという話があります。この蛭児が、やがて恵比寿になって戻って来たという神話があり、足が弱い恵比寿は、座像として描かれているといわれています。

 三陸の漁師にとっての「えびす」とは、クジラやウミガメ、そして豊漁の神である一方、時に、やませ(夏の冷たい風)や鯨波のような厄災ももたらします。良きことも悪しきことも、そのどちらも神なのです。くり返し、くり返し三陸を襲った厄災を越え、それでもリアスに暮らしてきた人びとは、そのことの意味を身体で感じとってきました。津波が何を奪って、何をもたらしたのか、漁師に聞けば、きっと大事なことを教えてくれるでしょう。

 宮城県南三陸町の水戸辺(ミトベ)も、そんな漁村集落です。あの大津波で、水戸辺も壊滅してしまい、現在は高台移転の造成中ですが、漁港はまだ完全復旧していません。
一切供養塔 この水戸辺の漁師たちは行山流鹿躍りを継承してきました。宮城県から岩手県の旧伊達藩、南部藩領に集中的に分布しているといわれる鹿躍りは、お彼岸にお寺などで舞われる死者供養の躍りです。鹿躍りと書いてシシオドリと読みます。多くの方々は、お正月の獅子舞をご存知と思いますが、唐草文様の風呂敷を被っている、あのシシはライオンです。アオシシ(カモシカ)、イノシシ、…シシはケモノの意味です。
 水戸辺の高台には、江戸中期の鹿躍りの供養塔が海に向かって建っています。そこには「奉一切有為法躍供養也(いっさいのういほうおどりくようたてまつるなり)」と刻まれています。
 夏に海上から吹き上げる冷たい風(やませ)は度々飢饉をもたらし、地震、津波、海難事故と次々と厄災が襲った時代に、鹿躍りが生まれ、継承されてきました。ここに刻まれている「奉一切有為法躍供養也」は、三陸の世界観をもっともよく表現している石塔だと、私は思います。三陸沿岸には無数の供養塔が建っていますが、それらは人間だけを供養するものではありません。クジラやウミガメの供養塔、干し魚の供養塔まであります。
 一切の現象界を躍って供養するという意味は、人間だけでなく、石ころひとつ、草木、風や雲、雨や太陽…海も山も、あの大津波も供養するという意味だと思います。近代に生きる私たちが、この供養塔の意味をどこまで理解できるかは心もとない気がしますが、この土地には近代を包み込んでも余りある知が埋もれているに違いないと、いま、思っています。

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山内明美(やまうち・あけみ)
1976年宮城県生まれ。大正大学准教授、東京大学大学院非常勤講師。歴史社会学、社会思想史、近代《東北》研究。NPO東北開墾理事。著書に『こども東北学』(イースト・プレス)、共著に『東北再生』(イースト・プレス)『東北/東京論』(明石書店)など。

*1(写真)‥‥「南三陸町 神割崎。この岩と岩の境が、現在は南三陸町と石巻市の境界線になっている。
昔、ここへ巨大鯨が打ち上げられ、村同士で争っていたところ、にわかに空が曇り雷が鯨を崎ごとまっぷたつに
割ってしまったという。それ以来、この境を村の境界とした。」

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