ヘテロトピア通信 第15回
2017.01.17
2014年からはじまった「鉄犬ヘテロトピア文学賞」の情報発信ページ。選考委員ら(井鯉こま、石田千、小野正嗣、温又柔、木村友祐、姜信子、下道基行、管啓次郎、高山明、田中庸介、中村和恵、林立騎、山内明美、横山悠太)によるコラム “ヘテロトピア通信” も更新中。 (題字/鉄犬イラスト:木村勝一)
<緑の墓標>Text by 松田美緒
世の中にあるいろいろな歌の有り様に、ひとつでも多く出会いたい。
そう思ったのは、南の島パラオでした。去年8月に私の歌探しのドキュメンタリー番組撮影のために行った時のことです。ミクロネシアで生まれ小笠原父島の歌にもなった「レモングラス」という歌の背景を知る旅でした。
パラオといえば、ダイバー天国として知られ、日本から訪れる人はもっぱら美しい海で熱帯魚と戯れに行くのですが、こちらはまったくそんな時間はなく、澄んだ水面に漂う、これまた澄んだイカをおいしそうだなあと覗き見するくらいで、ずっと撮影の日々でした。初めて体験するようなものすごい湿気と熱気のなかで、4日間汗かいては着替え、また着替えの繰り返し。そのせいもあってか、なんだか何週間もいたような不思議な厚みで記憶に残っています。
驚いたのは、パラオの植物の生命力でした。太平洋に散らばる小さな陸地じゅうに蔦をのばし、燃え立つように育っています。草叢に朽ちる日本軍の戦車にも蔦がからみあって、そのかたわらに時折大きな椰子の実が落ちて、南国の自然の爆発的な生命力は、ひとの哀れも食べてしまうようでした。戦前の南洋神社の鳥居跡も岩山に向かって建つ南洋神社の跡も、みんな蜃気楼のように熱気のなかに溶けていきそうです。日本人墓地とその下にあるパラオ人の墓地、満州から送られてきて全滅した兵団の墓標・・・想像力をはたらかせないと現実味を感じられません。
私の意識も暑さで朦朧としていた頃、この歌が聴こえました。
トオイコキョカラ ハルバルト オハカオ マイリニ アリガトウ
目の前で、日本語教育を受けた世代の最後のお年寄りの一人、歌好きなアントニーナさんが歌っています。
ミドリノオカタノ オマモリハ コジマニ マカセヨ イツマデモ
「これは、「緑のお墓の島」というペリリュー島で亡くなった日本の兵隊さんのために作られた歌です」
思わず凝視したアントニーナさんの「ウタホン」にカタカナで書いてある言葉を、頭の中で漢字に置き換えながら、胸をえぐられるようでした。
スギノナカニモ* ヤマノナカ ジャングルノナカニモ ミズノナカ
エイレイノ ヨロコベ ヤスラカニ イーショニクラソヨ トコシエニ
ペリリュー島玉砕について、私はほんの少ししか知りませんでした。ジャングルの中でほとんどの兵士は飢餓で死んでしまったこと、そのくらいです。この歌は、ペリリュー島を埋め尽くすその亡骸を見て、心を痛めた酋長が作った歌だそうです。
同行した小西潤子教授から聞いた話によると、ミクロネシアには、死者の身になって歌を作るという伝統があったそうです。誰かが亡くなった時、その人の人生を歌にして残していたそうな。たとえば、幼くして死んでしまった子供がいたら、歌を作る専門の人が彼女が空から家族に歌いかけるような歌を作る。歌は記憶装置であり、人の人生は歌のなかに封じ込められ、世代を超えて伝えられる。
何に胸がうずいたのかというと、この歌がその伝統をそのままに作られていると感じたからです。伝統というと形式張って聞こえてしまいますが、人間がほかの人間の生に共鳴していること。魂を受け取るシャーマン、人が生きた一瞬の炎を歌にする神秘・・目の前の人の死を腹の底から悼み、その家族の心を察して、海のむこうへ語りかける・・・まぎれもない共感から生まれていると感じるのです。
それからこの歌についていろいろ調べてみましたが、政治的で愛国的な解釈も多く目につきました。私はアントニーナさんの手書きのカタカナの歌詞が一番本質を伝えるのではないかと思います。書き残すためではなく、歌われることによって、音によって残る歌。その音を語句として咀嚼してしまったら、もう呪文のように血の中に分け入ってくる。
カエテオクレヨ ソコクマデ チチハハキョダイ ツマヤコエ
ボクラワ ミドリノ シマグラシ ナミダヲオサエテサヨーナラ
歌を聴きウタホンの歌詞を読みながら、ペリリュー島の植物が爆発的な生命力で飲みこんでいる犠牲者のからだを幻視するかのようでした。そして、それはパラオの人によって、「ミドリノオハカ」と表現され、まさに緑のお墓なのです。その緑は人のからだと記憶を食べ、そして守っている。かつて共通語だった日本語も、南洋神社の天照大神も、生死の記憶も、パラオの風土に食べられて、緑の一部になる。歌を墓標として。
余談ですが、パラオは完全なる母系制です。「緑のお墓」の歌詞を作ったペリリュー島の酋長も女性です。「レモングラス」はそこまで母系的ではないポナペ島の女性マルコーさんが作ったと伝えられますが、パラオで花札で遊ぶおばあさんたちから「これは男が作った」と断固として言われました。なぜか?「惚れたはれたのの女々しい恋の歌は、男が作ったに決まっている」のだそうです。
* 本などに記載されている歌詞では「海の中にも」となっている。
松田美緒 | まつだ・みお(歌手)
土地と人々に息づく音楽のルーツを魂と身体で吸収し表現する”現代の吟遊詩人”。その声には彼女が旅した様々な地域の魂が宿っている。大西洋をテーマにブラジルで録音した『アトランティカ』で2005年にビクターよりデビューし、以来ポルトガル、ブラジル、ウルグアイ、アルゼンチン、ベネズエラ、ペルー、カーボヴェルデなどポルトガル語・スペイン語圏の国々で、現地を代表する数々のミュージシャンと共演、アルバム制作を重ねる。2014年、3年がかりのライブとフィールドワークの集大成として初のCDブック『クレオール・ニッポン うたの記憶を旅する』を発表。ブラジル・ハワイ移民の歌を含め、日本各地の忘れられた歌を現代に瑞々しく蘇らせた作品は高い反響を呼び、文藝春秋「日本を代表する女性120人」に選ばれる。第2回鉄犬ヘテロトピア文学賞特別賞を受賞。2016年、日本テレビ系列『NNNドキュメント』で、松田美緒の活動を追ったドキュメンタリーが放送され、大きな反響を呼ぶ。2017年4月にはギリシャ・ポルトガル録音の新作発表予定。