それぞれの道具「道具と出合う、本の中へ」 4 ”レコード”
2015.01.28
中澤季絵(なかざわ・きえ)イラストレーター/絵描き 絵で暮らしをいろどる楽しさを軸に幅広く活動中。理科系出身、生き物がとてもすきです。脇役蒐集人。このページでは、本の中の道具を描き連載中。 www.kienoe.com
レコード
「それから座敷の隅に風呂敷をかぶせてあった中砂の遺愛の蓄音器をあけて、その盤を掛けた。
古風な弾き方でチゴイネルバイゼンが進んで行った。」
「サラサーテの盤」 『サラサーテの盤』内田百閒作 福武文庫より
たぶんこの耳が聞くことができるのは、自分と共鳴する音だけなんじゃないかな。
自分のどこかに潜む記憶や感情に鳴り響く音だけが、身体の奥深くに落ちて、鍵をひらく。
レコードをかけたとき、そのひとは演奏に紛れ込んだ微かな声を聞いて最後には泣き出してしまった。
そんなところを見たらドキッとするに決まっているけれど、思いがけず鳥肌が立ったのはなぜだろう。
いつも「今」は一瞬で過ぎ去って捉えどころがないから、そのときの記憶や感情と
何度も新しく出合いなおすのかもしれない。たとえば一枚のレコードに刻まれた声で。
ここにあるのは、鋭く凍りついた名前のつけられない気持ちを
わずかに溶かしはじめた瞬間だったんだ、きっと。