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フロム・ファースト・センテンス issue 4

2016.07.28

阿部 海太

阿部海太 / 絵描き、絵本描き。 1986年生まれ。 本のインディペンデント・レーベル「Kite」所属。 著書に『みち』(リトルモア 2016年刊)、『みずのこどもたち』(佼成出版社 2017年刊)、『めざめる』(あかね書房 2017年刊)、共著に『はじまりが見える 世界の神話』(創元社 2018年刊)。 本の書き出しだけを読み、そこから見える景色を描く「フロム・ファースト・センテンス2」を連載中。 kaita-abe.com / kitebooks.info

ファースト・センテンス /

「水のように澄んだ空が星を漬し、星を現像していた。
 しばらくすると夜が来た。」

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美しい書き出しだ。
誰にも邪魔されない場所で落ち着いた心と共に筆をとり、
これを書き記している作者の静かな顔が見えてきそうだ。

大学の授業で白黒写真の現像を体験したことがある。
オレンジ色のライトが灯る薄暗い部屋で、酸っぱい匂いのする液体に白い印画紙を漬すと、
ゆっくりと染み出すように像が現れてくる。
何かが造られるのではなく、もともとそこに在ったものが初めて現れるあの特別な印象は、
まさに夜の暗さが深くなるにつれて、ひとつ、またひとつと星が灯るときのようである。

夜が来る一歩手前。
空だけでなく風景全てが青色に染まるあの限りなく短いひととき。
あの気持ちよさは何だろうか。

奥行きは曖昧になり、空と地面は繋がってしまう。
青く染まった身体が浮き上がる。
足を蹴り出すとあっという間に街は小さくなっていく。
目の前にはさらさらと浮かぶ光の粒。
これは空のオキアミか。さればそれを飲み込む僕らは空の鯨かジンベイザメ。

そんなイメージも気づけば夜の闇に消え失せて、空腹を覚えながらひとり家路につく。
それでもこの物語はたった今始まったばかりだ。
いったいこの先に何が書かれているのか。
きっと、永遠のような一瞬が書かれているに違いない。

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