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それぞれの道具「道具と出合う、本の中へ」 10 ”小壺狩”

2016.06.20

中澤 季絵

中澤季絵(なかざわ・きえ)イラストレーター/絵描き  絵で暮らしをいろどる楽しさを軸に幅広く活動中。理科系出身、生き物がとてもすきです。脇役蒐集人。このページでは、本の中の道具を描き連載中。 www.kienoe.com

小壷

「見るともなく、喜平の眼はその小壺の上に落ちました。胴の締り工合(ぐあひ)といひ、
ふつくりとした肉つきといひ、平素(ふだん)あまりこんなものを見馴れない喜平の素人眼にも、
何だか謂(い)はくがありさうに見えました。」

『泣菫随筆』冨山房百科文庫43 冨山房より
「小壺狩」 薄田泣菫 作

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ひとりひとりの人間のなかに光も影も、まるごとの自然がある。
そんなふうに感じたから、この物語に出てくる心の機微を
なんだか愛おしく感じたのかもしれない。

今よりずっと昔、美術品に全く詳しくない喜平が、偶然みつけた小さな壺。
その壺は、稀代の名器だった。
美しいものを美しいと感じる感覚は、誰かに習ったりしなくてもきっと
生まれながらに身についているものではないかと思う。
しかしながら、一流の品を見分けること、収集することに多大な労力を払ってきた忠興からすれば、
何も知らない喜平が容易くすばらしい品物を見つけてきたことについ心が波立って、
穏やかでなくなるというのも理解できる。

美しいものと響きあう無垢な明るさも、ときに湧き起こる嫉妬みたいなほの暗さも確かに「ある」。
みんなそれでいいよね、そう思ってしまった。
ささくれ立った感情にさえ、どこか愛しさを感じてしまうのは
やっぱりこれが本の中の出来事だからかな?
傷つくくらいの近さで牙をむかれたら、それでいいなんて言えないかな。
でも嘘じゃない。千変万化、くるくる変わる感情とともに生きる私たち。

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