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ボクサーの動物日記 2回目

2014.09.07

boxer

ダンサーとメッセンジャーという動物とは全く関係のない仕事をしながら動物への飽くる事なき探究心を持て余しているボクサーの動物日記。SBBにて「ボクサーのニッチな裏生物学講座」を不定期で開催中。

眠たい目をこすりながら布団から抜け出る。
まだ日も上りきっていない早朝、すこし急ぎ足で駅に向かう。
夏の中休みのような涼しい朝だった。

僕は少し前、奥多摩にある雲取山という山に登った。
東京で1番高い山。
初めての登山で少し興奮をしていたのか眠さは感じない。
前日までの雨が上がりとても天気がいい。
奥多摩の駅に少し早くついたので近くの川に向かう。
川の近くは涼しく至る所に苔が生えている。
虫、鳥。普段はいない生き物の気配にそわそわする。
蚊がいるかもしれないと虫除けスプレーを持ってきたが使ったのは川沿いのこの場所だけだった。

1時間に1本しか無いバスで山の麓まで向かう。
3人で登る今回初心者は僕だけ。
他の2人は山に登り慣れている2人だ。
まだ民家もあるコンクリートの道を上りながら登山は始まった。
空には猛禽類が上昇気流を利用して上に上に上って行く。

山を登り始めてすぐ雲が出始めた、雨が降る訳ではないが景色は全く見通せない。
何より上るペースが早すぎて景色を見る余裕など無い。
見るのは前の友人の靴だけ、聞こえるのは息づかいだけだ。
たまにすれ違う人はクマ除けの鈴をつけている。
友人とツキノワグマが出るらしいよと話す。

ツキノワグマは小型だから、草食傾向が強いし、争いをさけるから大丈夫でしょ。
それよりマムシとかいたらやだけど、川沿いに行かない限りいないんじゃないかな?わかんないけど。
何せ俺の知識は本とネットだから、実用的な知識は地元の人の方が詳しいでしょ。

結局6時間かかる山を休憩を入れて4時間で登った。
頂上もガスがかかっていて景色は全く見えなかった。
山小屋のトイレからの悪臭と頂上を示す石碑があるだけだった。
印象的だったのはカラスがいた事。
ハシボソガラスハシブトガラスがいるがおそらくハシボソだったと思う。
都会で僕たちが見るのは肉食傾向が強いハシブトガラスの場合が多い。
町の中で見ると少し異様な雰囲気の鳥だが山の上で見ると何故か親しみがとても持てた。
友人の言葉を借りれば周りに自然が溢れている状況だと俺たちの魂が少し強くなるんだ、きっとそういう事だと思う。

テントを張り飯を作っているとシカが近くに来た。
何頭かの群れを作っていたシカはあまり人間を恐れてはいない。
僕たちの様子を必要に伺ってはつかず離れずの距離でエサを探している。
日本オオカミが絶滅しクマも少なくなって天敵がいなくなったシカは間引きしなければいけないほど数を増やしている。
それでも僕は彼らが珍しくいなくなるまでじっと見ていた。
こんな山に住んでるんだなぁ。
当然の事だがそれがとても新鮮に感じる。
僕たちがこんなに苦労して登ったのに、彼らの身の軽さはなんだろうな。
僕たちは弱者だ。ここでは何ひとつ彼らに敵わない事がとても嬉しかった。
彼らとの間に何も無い、その状況がとても印象的だった。

テントで一泊して山を下りた。
少し天気も持ち直したようだが晴天という訳ではない。
行きとは違う道で下る。
至る所に祠がある。
日本には大口真神という信仰もあった。
大きな口の神、オオカミの事だ。
何を祈る訳でもないが祠の前でじっと立つ。
昨日のシカのようにオオカミも見れたら素晴らしいのになと、少し謝りたくなる。

下りきると蝉の声が響き晴天が広がっている。
麓から見る山は鬱蒼とした木々でその全貌は見えない。
ズボンについた土が見える。
確かな痛みを足に感じる。
山に登りたくなる人の気持ちが少しだけわかった気がする。
そこは生きているのを実感するにはとてもいい場所だ。
苦痛、不便、悪臭、美しさ、弱さ。
そこには全てがあった。
心臓の拍動の音と息づかいだけの道のり。
疲れが僕の周りを覆い何処に向かっているのかはっきりとはわからなくなる。
ニホンザルや鹿やクマが僕らとは関係なく生きている。
彼らの隙間に入り、いくら歩んでも景色は何も見えない。
それでもまた、僕は進んで行きたいと思う。

 

 

BOXER(ボクサー)
1983年3月3日、茨城県大洗町生まれ。AB型、魚座。
港町に育った幼少時代からポケット図鑑を胸に忍ばせる。
近くに自然がありながら現実の動物というよりかは文献の中の動物に興味を持つ。
中学、高校と特に目立った事をしない学生生活、高校の終わりからボクシングを始める。
そんな中でも知識は増えていく。
大学も国際経済学と全く動物には関係のない学部に進学しボクシングからダンスに移行、
そんな中でも動物の知識は蓄積され続ける。
現在は代々木を拠点にTHE BEATDOWN BROTHERSのメンバーとしてhouse danceを踊り、
レッスンも持ちながらメッセンジャーをしている。
主に伊坂幸太郎の小説、テレビ、ネットなどなど多方面からの動物への情報収集に精を出す。
現在もダンサーとメッセンジャーという動物とは全く関係のない仕事をしながら
動物への飽くる事なき探究心を持て余している。絵なども描く。

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