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映画酒場、旅に出る(SEOUL編_その6)

2018.09.11

映画 酒場

映画をめぐる小さな物語をつづった個人冊子『映画酒場』発行人であり、エディター&ライターの月永理絵による旅日記。(月2で更新中)

「映画酒場」「映画横丁」編集人による、2018年冬のソウル滞在記。映画と本と酒の記録。

3月2日(金)
01いよいよソウル滞在も残りわずか。午前中、国立現代美術館徳寿宮館で開催中の「新女性到着(THE ARRIVAL OF NEW WOMEN)」という展示を見に行く。ホテルから歩いていくと、花束を持った親子をたくさん見かける。どうやら今日は小学校の卒業式らしい。徳寿宮の正門前では、ちょうど兵士たちの勤務交代式の再現パフォーマンスが行われていた。

ポスターのインパクトに惹かれて見に行った「新女性到着」展。「新女性」とは日本でいうモガのようなものらしい。1920年代以降、アメリカやヨーロッパの文化に触発された韓国の女性たちがどのように変化していったか、女性の芸術家たちがどのように誕生し活躍したかを紹介する展示。画家・作家・ダンサー・活動家など、様々な分野で女性の道を切り開いた先駆者たち。そうした女性たちの多くが、まず日本の大学に留学し、その後パリやアメリカに渡るなどしていたことにも興味を引かれる。もちろんそこには日本占領下という歴史があるわけだけれど。展示された写真や絵、残された映像を見ているだけでもおもしろいが、ハングルを読めず詳しい内容がわからないのが悔しい。

昼は、近くの食堂でもやしと干し鱈のスープを食べ、バスで弘大近くへ向かう。目的地は、ソウルの独立系書店のなかでも有名なYOUR MIND。オープンは2011年だがその後移転したらしい。大通りでバスを降りて店に向かうと、住宅街のなかに、広い庭のある一軒家を発見する。それぞれの部屋にいくつものお店が入っているようで、YOUR MINDがあるのは二階の一室。扉を開けると、左側には雑貨スペースがあり、右側の本屋スペースでは、お店の看板猫が気持ちよさそうに昼寝をしている。評判通り、Zineやリトルプレスが充実している。映画や日本語の本もかなりあり、日本人がつくったZineもいくつか見かけた。これは日本から輸入しているのだろうか? さんざん立ち読みしたあと、気になる二冊を手に取った。一冊は、映画のタイポグラフィを収集した『FILM TYPOGRAPHY VOL.2』。国内外の映画の韓国版ポスターも紹介されている本。二冊目は、東京の本屋さんを紹介した韓国版ガイドブック『동경 책방기』。SUNNY BOY BOOKSをはじめ、知っているお店がたくさん紹介されていて嬉しくなる。

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バスでホテルへ戻り一休みしたあと、夜はとっておきの場所へ。先日、鎌倉市川喜多映画記念館でトークイベントに出演した際、そこで働く、ホン・サンスの大ファンの女の子と知り合った。彼女曰く、「ソウルに行くなら、ホン・サンス映画に出てくるホッケのお店は絶対行ってください!」とのこと。ホッケのお店って何だっけ、とそのときはぽかんとしたが、そういえば『秘花 スジョンの愛』と『次の朝は他人』という映画で、主人公たちがホッケをつまみにマッコリをごくごく飲む場面が映っていたと思い出す。『韓国ほろ酔い横丁』を開いてみると、ここでもやはり同じお店が紹介されていた。本の情報と、彼女の「バッティングセンターのすぐ裏です」という言葉を頼りに仁寺洞を歩く。しかしバッティングセンターは見つかっても、なかなかお店が見つけられない。Google Mapを片手にうろうろ歩いていると、ふと小さな横道を発見。もしやと思いそこを入って行くと、なんだか妙な小屋が見える。フェンスをくぐっておそるおそる中に入ると、ニコニコと笑った可愛らしいおばさんが迎えてくれた。入り口ではさっそくホッケが焼かれている。

0607ベニヤ板のような壁面は、お客さんが書いていったのか、イラストや文字でびっしりと埋められている。席に着いたとたん「ホッケ? マッコリ?」と日本語で聞かれ、うんうんとただ頷く。店の真ん中では、常連客なのか、男性四人が大量のご飯を囲んでいる。その横では、学生らしい三人組が語らい中。やがて、洗面器のような器に入った大量のマッコリとホッケの塩焼きが運ばれてくる。この容器はたしかにホン・サンスの映画で見たことがある。歩き回ったせいか、あっという間にホッケを食べ尽くしてしまう。「他のメニューはどこに書いてあるんだろう?」「たしかチヂミは韓国語で“ジョン”だよね?」とこそこそ話していると、お店のおばさんが「チヂミ?」と聞いてくれて、無事チヂミを出してもらうことに成功。お店は彼女ひとりで切り盛りしているようで、金盥に汲まれたマッコリは自家製なのか、酔いがあっという間にまわってくる。さすがにひとりでこれを飲み干したら大変なことになる、とほどほどで切り上げる。お会計がいくらだったかは覚えていないが、相当安かったのはたしか。カキーンカキーンというバッティングの音を聞きながら飲むマッコリとホッケ。最高の夜だった。

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月永理絵
1982年生まれ。エディター&ライター。
個人冊子『映画酒場』の発行人、映画と酒の小雑誌『映画横丁』(株式会社Sunborn)などの編集を手がける。
http://eigasakaba.net/

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