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それぞれの道具「道具と出合う、本の中へ」 5 ”着物”

2015.02.26

中澤 季絵

中澤季絵(なかざわ・きえ)イラストレーター/絵描き  絵で暮らしをいろどる楽しさを軸に幅広く活動中。理科系出身、生き物がとてもすきです。脇役蒐集人。このページでは、本の中の道具を描き連載中。 www.kienoe.com

着物

 

「当日、披露宴の席に着き、真紅の着物に守られ、用意されたひときわ明るい光の中に居た。
どんな目で見られても心は騒がなかった。」

「赤姫」 『幸田文の箪笥の引き出し』青木玉 作 新潮文庫より

 

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お母さん。そう呼びかけてみる。
応えてくれるいつもの声に、ああここに居てくれると思う。

母と娘の他愛のないおしゃべりは身に覚えのある感覚で、
時々思い出をかすめては、これからを想像したりする。

大切にとっておきたい一瞬の想いをかたちにしてそばに置いたり、それを愛しく
身にまとったりするのはきっと、身体の隅々まで澄んだ水を行き渡らせるような、
なつかしくてあたらしい特別なことだ。
わたしは日常的に着物を着たりはしないし、想いをかたちにする方法も違うけれど、
その感覚は腑に落ちるから。

「赤姫」は、著者・青木玉さんが婚礼衣裳を仕立てたときの話。
著者がまとった赤の着物と、母・幸田文さんの紫の着物が広い披露宴会場のなかで
星みたいに浮かび上がっていた。

あたらしい時間がはじまる。一枚の美しい衣がやさしく身を包んで背中を押してくれる。
もらったことばも、時間も、消えたりしないで。

 

 

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