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映画酒場、旅に出る 第1回

2014.07.16

映画 酒場

映画をめぐる小さな物語をつづった個人冊子「映画酒場」。その発行人による、2014年7月のパリ滞在記。

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6月末、10年勤めた出版社を退職した。何か大きな理由があったわけではない。この10年のんびりとした環境で仕事をしていたのだから次の10年はきびしい環境で試してみよう、とふと思い立った。とはいえ、いざ会社を辞めてみるとなんだかあっけなく、まだその変化が実感できないのか毎日どうも落ち着かない。ふわふわとした気持ちを落ち着かせるためにも、まずは長い夏休みをとることにした。ここ6年ほど、毎年夏休みには留学中の友人を訪ねてパリで過ごすことにしている。せっかくなので今年は1カ月ほど滞在させてもらうことに。今回は観光ではなくパリで生活するつもりで楽しんでみようと思う。

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日本を発つ朝。成田空港の出発ロビーでは、本日、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定が行われたというニュースが流れている。パリまでの飛行時間は約12時間半。機内ではひたすら仕事用の原稿を読んで過ごす。映画は『アナと雪の女王』を1本だけ。日本でも大ヒットしたこのディズニーのアニメ映画、出発前に開催した「ラブコメ研究会 vol.2で渥美さんも絶賛していてちょうど見ようと思っていたところだ。最後にアナの命を救う「真実の愛」の相手が、王子様でも彼女と親しくなる氷業者クリストフでもなく実の姉のエルサだというところが、たしかにこれまでのディズニー映画とはどこか違うなと思う。でもアナとキスをすることができなかったクリストフも新しい職を得ることができたし、アナともこれから少しずつ恋人関係へと進展していくように見えた。男も女も対等な関係を築いていこうとするその現実的な終わり方がおもしろい。

フランス時間の20時過ぎに、パリのシャルル・ド・ゴール空港に到着する。迎えにきてくれた友人と12区にあるアパートへ帰宅。その日の夕食は鴨のテリーヌやラディッシュ、茄子のキャビア風ピュレ(これがなかなか美味しかった)など簡単なものですませる。夏時間中のパリはまるで一日中昼間のようだ。夜の22時でもまだ空が明るい。

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DSC_0959今日は時差ぼけのため5時には目が覚めてしまう。まだ寝ている友人を置いて、前から気になっていた12区のパン屋Blé Sucréへ朝ご飯用のパンを買いに行く。近くのアリーグル広場ではマルシェ(市場)の準備中。おつかいなのか、パン屋では小さな男の子がひとりでパンを両手にかかえ、お店のマダムにドアまで見送られている。「Bonjour! Deux croissants, s’il vous plaît.」(クロワッサンをふたつお願いします)。パリに遊びにくるのはもう6回目になるけれど、いつも友人に通訳をお願いしているためフランス語はまったく話せない。なかでも「r」の発音が私にはどうも難しいのだけれど(クロワッサンを無理にカタカナにすれば「クゥアッソン」とでも言ったらいいのか……)、なんとか通じたようで大きなクロワッサンをふたつ紙ぶくろに入れてもらう。アパートに帰りコーヒーを用意し早速食べてみるとバターの風味もたっぷりで、たしかにこれまで食べたことのない美味しさ。

夜は今回の滞在で楽しみにしていた催しへ。なんと今日からシネマテーク・フランセーズ(映画の上映や展示などが行われているフランスのフィルムセンター)で深作欣二特集が開催されるのだ。オープニングは、夜の20時から上映される『仁義なき戦い』。あいにく友人は知人の出版記念会に行かなければいけないというので、ひとりでシネマテークに向かう。アパートから歩いて15分ほどの距離にあるので散歩にもちょうどいい。到着後、早速受付で「JINGI-NAKI-TATAKAI」と言ってみるがもちろん通じない。仕方なくプログラムを見せ、この回の上映が見たいのだと伝えてチケットをなんとか入手する。1階ロビーでうろうろしていると、上映前に挨拶をするため日本から来ていたフィルムセンターの岡田さんを見かける。facebookに載っていた情報で本日の挨拶のことも知っていたので、「こんにちは」と気軽に声をかけたところ、「なんでパリにいるんですか?」と驚かれてしまう。

上映は、シネマテークのなかでおそらく一番大きいスクリーン。実は7年前、初めてのパリ旅行でハワード・ホークス監督の『脱出』を見たのもこのスクリーンだった。ただし上映後アパートに帰宅したとたん39℃近い高熱を出してダウン、その後4日ほど寝込んでいたという悲しい思い出のある場所でもある。席に座ると、まわりにはちらほらと日本人らしい姿も見える。20時になりシネマテークの館長が挨拶をした後、いよいよ岡田さんが登場。フランス語での挨拶のため私には一言もわからないが、客席からは途中何回か笑いが起こっていた。

『仁義なき戦い』の上映が始まる。怒濤のごとくくり広げられる広島弁での会話劇は私でさえついていくのが精一杯で、フランス語字幕はどこまで対応できているのかな、と気になってしまう。それにしても観客席のフランス人たちはよく笑っていた。のらりくらりと組員たちを煙に巻く組長役の金子信雄が大いにうけているのはなんとなくわかるが、どうも昔気質の菅原文太の行動も笑いの対象になっているような気がして少し驚く。自分は何の恨みも持っていないのに、組長のため、兄弟分のため、死刑も辞さず殺し屋を買って出る菅原文太の姿は、日本人からすれば「仁義」を大事にする人物として共感できる部分もあるが、フランス人から見ればまったく脈絡のない行動をとるどこかコミカルな人物に見えるのだろうか。

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Exif_JPEG_PICTURE今日は、ビデオ・アーティスト、ビル・ヴィオラの展示を見にグラン・パレ(国立グランパレ美術館)へ。ビル・ヴィオラの作品は初めて見るが、大型で凝ったつくりの作品が多くその迫力に圧倒される。彼の作品は、その壮大さから見てもグラン・パレのような大きくて豪華な会場だからこそ成立するものだと思う。しかしインスタレーションは絵画と違って上映時間があるので、すべての作品を最初から最後まで見ようと思うとへとへとになってしまう。たとえばもっと小さなギャラリーくらいの規模でひとつの作品をじっくり見たらどうなるだろうか。

夜はスーパーで安い牛肉を買いステーキに。シンプルに塩こしょうで味付けしバターを少し乗せただけなのに、肉の味がしっかりしていて驚くほど美味しい。こちらで売っているステーキ肉のほとんどは脂肪のついていない赤身の肉で、霜降りの柔らかい肉が重宝される日本とは違い、多少硬くても肉そのものの味をしっかり味わえる。肉のお供は、近所のお気に入りのパン屋で買ったバゲットとロゼワイン。ロゼは赤や白よりも値段が安いうえに飲み口もさわやかなので、夏に飲むなら絶対におすすめ。

 

月永理絵
1982年生まれ。映画関連の書籍や映画パンフレットの編集を手がける。
2013年11月に、映画をめぐる小さな物語をつづった個人冊子「映画酒場」を創刊。
「映画酒場」公式Facebook:https://m.facebook.com/eigasakaba

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