映画酒場、旅に出る 第2回
2014.07.29
映画をめぐる小さな物語をつづった個人冊子『映画酒場』発行人であり、エディター&ライターの月永理絵による旅日記。(月2で更新中)
7月4日
夏のパリの風物詩といえばソルド(soldes)。いわゆるセールのことで、パリでは夏と冬の年2回、政府が定めた日にちから一斉にソルドが始まる。とりあえずデパートにでも行ってみるかとボン・マルシェへ。しかし特にめぼしいものもなく、ソルドはあきらめて近くにある本屋を訪ねることに。
シャントリーヴル(Chantelivre)という名のこのお店は、児童書をメインとする本屋さん。絵本の出版社が自分たちの本を売るために1974年につくったとのこと。店内は広々としていて、絵本や子供向けの本がたくさん並んでいる。私が見たかったのはここのウインドウ。昨年の夏に来たときには、しかけ絵本『OCEANO』がいろんな魚のモビールや人形と一緒に飾られていてとてもおもしろかったのだ。この本は、『オセアノ号、海へ!』(アヌック・ボワロベール、ルイ・リゴー著、松田素子訳)というタイトルで、アノニマ・スタジオから翻訳書が出版されている。今回も、ウインドウには海をテーマにした絵本がところせましと並べられている。夏に合わせた展示なのだろうか。
本屋さんにかぎらず、パリではほとんどのお店にウインドウがあり、街路に向けて商品がきれいにディスプレイされている。お店のなかに入らなくても、ぶらぶら散歩しながら本屋めぐりを楽しめるのだ。こういうお店はたいてい、なかに入ったとたん店員さんに「何かお探しですか?」と声をかけられるので、フランス語ができない私にはウインドウショッピングがちょうどいい(単に「Non merci.」と答えればいいだけなのだけれど、ついあたふたしてしまうので……)。ウインドウには単に最近出た本を並べているだけのところが多いが、なかにはシャントリーヴルのように凝った並べ方をしているお店もある。ディスプレイの仕方も単に本を並べているだけでなく、上からロープで吊るしたり、ポスターと一緒に展示したりとそれぞれに工夫が見られる。児童書、映画本、演劇本、哲学書など、それぞれ特定のジャンルに特化した本屋さんも多いので、ウインドウを見ているだけでそれぞれのお店の特徴を知ることができるのがうれしい。
せっかくなので本屋さんめぐりをしようとオデオン通りもついでに歩いてみる。かつて、シルヴィア・ビーチの本屋「シェイクスピア&カンパニー(Shakespeare and Company)」(英語専門の本屋。現在はセーヌ河の近くに移転)があったこの通りはまさに文学通り。現在でも百メートルほどの小さな通りに十軒以上の本屋が立ち並ぶ。劇場(オデオン座)の近くということでやはり演劇書を並べたところが多い。他にも、なんだか高級そうな古本が飾られたお店や、文豪のサインや初版本を並べているお店などがある。ちょうど『オデオン通り』(アドリエンヌ モニエ著、岩崎力訳、河出書房新社)という本を読んでいるところだったので、モニエのお店はどのへんにあったのだろうときょろきょろしながら歩く。この本は、かつてオデオン通りにあった「本の友の家」という本屋の女主人が、お店のこと、そこに通った文学者たちについてつづった回想記。
帰りのメトロでは、乗り換えのシャトレ駅でまさかの大混雑に遭遇する。いったい何があったのと唖然としながらなんとか帰宅。なるほど今夜はワールドカップでフランスとドイツの対戦日だった。
7月5日
パリの街には、美味しそうなレストランやビストロ、カフェがいたるところにある。移民の国でもあるので、モロッコ、中国、ベトナムなど世界各地の料理も食べられる。最近は日本食ブームなのか、ちょっとあやしげな寿司と焼き鳥を扱うお店があちこちにできているようだ。そしてB級グルメといえばケバブやファラフェルも有名。
とはいえパリで外食となるととにかくお金がかかる。一食分の量が多いせいもあるが、外で食べようとすると日本よりも断然高くついてしまう。今回の滞在ではとにかく節約しようと毎日自炊生活を心がけている。日本にはあまりないその土地の食材をつかって料理をする。これがなかなかおもしろい。今日のお昼は、スーパーで買ったガレット(そば粉を使ったクレープ)の生地を使ってみることに。生地をフライパンに敷き、上にマッシュルームやハムをのせて軽く焼き、最後にチーズをのせて生地をつつむだけ。ガレットに合わせるのは、もちろんよく冷やしたシードル。
スーパーには、クスクス用の材料もたくさん売っていた。骨付きのチキン、タマネギ、種無しオリーブ、パクチー、クスクス用のスパイスなどを買い、チキンとタマネギを軽く焼いてから他の材料を入れてゆっくりと煮込むだけ。ふだんは生のレモンをそのままいれてくたくたになるまで煮込むのだが、今回はシトロンコンフィ(レモンの塩漬け)を使ってみる。大きな骨付き肉と使い慣れない電気コンロに悪戦苦闘するが、出来上がってみると、自作ながら「C’est bon!(美味しい!)」と叫びたくなる美味しさ。DARI社のスムル(クスクスに使う細かい粒状のパスタ)も、ふだん日本で買うものより粒がきめ細かくていい。
7月6日
今日はソルボンヌ大学の近くにある映画館ル・シャンポ(Le Champo)へアニエス・ヴァルダの『5時から7時までのクレオ』を見に行く。ヴァルダ特集なのか、『冬の旅』も上映中だ。この映画館は、猫沢エミさんの『パリ通信』(主婦の友社)を読んでぜひ行きたいと思っていたのだった。猫沢さんによれば、ル・シャンポは別称「ジャック・タチの映画館」と呼ばれているらしい。理由は、とにかくオーナーがジャック・タチの映画を愛しているから。たしかに入り口にはタチの映画に出てくるムッシュ・ユロの絵が飾られている。
ロビーがないので、開演までは外の道路沿いに並んで待つ。周辺をうろうろしていると、同じ通りに他に2軒も映画館があるのを発見する。オードリー・ヘプバーン主演の『サブリナ』を上映中の映画館では長蛇の列。パリはとにかく映画館が多いというが、そのとおり。東京ではちょっと考えられない。
開演となり地下の劇場へ。チケットにはル・シャンポの外観が描かれているのだが、ここにもやはりムッシュ・ユロの姿が。『5時から7時までのクレオ』を見るのは二度目だがスクリーンでは初めて。人気歌手のクレオが夏至の日のパリで過ごす、夕方の5時から7時までのひととき。病院で検査をうけたクレオは自分が癌を患っているかもしれないと悩むが、まわりの友人たちは聞く耳をもたない。忍びよる死の影と孤独に耐えきれずひとり公園を彷徨ううちに、アルジェリアから休暇で戻ったひとりの兵士と偶然言葉をかわす……。実際のパリの街を歩きまわるクレオと一緒に当時(1962年)の街の風景がモノクロ映像で次々と映し出される。映画が終わって外に出ると現在のパリの風景がカラーで目に飛び込んできて、ああ、いまこの映画を見られてよかったと思う。
7月7日
今日は一日家でだらだら過ごす。夜は豚肉のソテー。先日クスクスに使ったシトロンコンフィを刻んでバジルと一緒に添えてみる。それにしても、スーパーの肉売り場には牛、子牛、七面鳥、馬、豚、鶏、鴨などいろんな種類の肉が売っていてやっぱり肉食文化だな、と実感する。
月永理絵
1982年生まれ。映画関連の書籍や映画パンフレットの編集を手がける。
2013年11月に、映画をめぐる小さな物語をつづった個人冊子「映画酒場」を創刊。
「映画酒場」公式Facebook:https://m.facebook.com/eigasakaba