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フロム・ファースト・センテンス issue1

2015.12.14

阿部 海太

阿部海太 / 絵描き、絵本描き。 1986年生まれ。 本のインディペンデント・レーベル「Kite」所属。 SUNNY BOY BOOKSにて絵本「みち」を販売中。 本の書き出しだけを読み、そこから見える景色を描く「フロム・ファースト・センテンス」を連載中。 kaita-abe.com / kitebooks.info

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ファースト・センテンス /
 
「最良の方法は、ガルタ*への道をえらび、それを再び歩いてみること、
つまり歩くにしたがって道を創造することだろう。」

*ガルタ…インド北西部ラージャスターン州のジャイプルの近くにある廃墟の町で、かつてはヒンズー教徒の聖地の一つだったのだろう。
 
 
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インドには行ったことが無い。
学校を出てからしばらく海外を転々としていた時期があったが、アジアには縁が無かった。

ガルタという響きにはどこか厳しい感じがある。
注釈にも「廃墟」「聖地」という言葉が並ぶ。「北西部」はたぶん山岳地帯だ。

「それを再び歩いてみること、つまり歩くにしたがって道を創造することだろう。」
この部分は読めば読むほど難しい。
かつてあった道をもう一度歩くのか?それを創造と言い換えるのは何故か?
それとも全く別の道を探すのか?そもそも「道」とは目に見えるそれを指すのか?

以前、チュニジアのサハラ砂漠を訪れたときのことを思い出す。
果てしなく広がる砂地の上に一本の轍があり、その上を現地の人だろうか、一人荷物を持って歩いている人を見た。数人の観光客と一緒にガイドの連れたラクダに乗せられていた僕は、自分の足だけで砂漠を渡っているその人に強い憧れを抱いたのを覚えている。
そのときは自分の足で歩くことの自由さを鮮烈に見た気がしたが、振り返って気づくのは、あの広大な大地の上でも人は細い轍に沿って歩いていたということだ。

人は道の上を歩くことしか出来ないのだろうか。道がひかれていない場所はまだ残っているのだろうか。
道を創造するとはいったいどういうことなのだろう。

巡る頭にふと、雲の上を歩く人の姿がよぎった。

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