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絵描きからの片道書簡 五通目 「風吹く絵本」

2015.02.16

阿部 海太

阿部海太 / 絵描き、絵本描き。 1986年生まれ。 本のインディペンデント・レーベル「Kite」所属。 著書に『みち』(リトルモア 2016年刊)、『みずのこどもたち』(佼成出版社 2017年刊)、『めざめる』(あかね書房 2017年刊)、共著に『はじまりが見える 世界の神話』(創元社 2018年刊)。 本の書き出しだけを読み、そこから見える景色を描く「フロム・ファースト・センテンス2」を連載中。 kaita-abe.com / kitebooks.info

まったく絵の話ばかりしています。
常に絵のことばかり考えているわけではないのですが、目に映る日々のよしなし事に思いを巡らせる中、気付けばあらゆる出来事が絵に映り込み、その跳ね返りを受けて「あ、そういうことか」と理解する。そんな毎日を過ごしてる自分には、絵を通してしか語れることがないのだと、これまた改めて気付かされました。

本づくりを始めた当初も、動機はあくまで絵を見せることにありました。
きっかけはベルリンでのこと。ベルリンで絵を描いていた頃、いつも週末になると決まって展覧会のオープニングパーティーへの誘いがメールで入りました。そこで毎度変わらず目にしたのは、ワインやビールを片手に談笑する若者たちと、その横ですっかり置き去りにされた作品の姿。パーティーが楽しいのは良いことかもしれませんが、その楽しみの中心に作品が無いこと、それが滑稽でしょうがありませんでした。やるせない気持ちで家に帰り着き、枕元の電気だけつけて本を読む。そうすることで心のバランスをとるのを日課としていたのですが、あるときふいに「本はいいよなぁ。こんなにも静かに、集中して味わってくれる鑑賞者がいるじゃないか。」と嫉妬に近い感情が芽生えました。と、同時にこう思い立ったのです。「絵本をつくろう。そうすればおしゃべりの合間じゃなく、自分だけの時間に静かに絵を眺めてくれる人が増えるかもしれない。」

こうして絵本づくりを始めて5年が経ちました。
画集のような物から始まり、少しずつ絵本としての魅力を目指す気持ちも起こって来ました。
絵本づくりには一枚の絵を描くだけでは味わえない不思議な開放感があり、まるで小さな池で遊んでいたボートが、ふとしたはずみで大河に流れ出てしまったような、そんな不安と気持ちよさが入り混じった気分がそこにはありました。そして、いつしか描いた絵のために本をつくるのではなく、本のために絵を描くようになりました。

絵本をつくるのには時間がかかるので、一枚絵を描くときとでは使う感覚も違ってきます。
一枚絵を描く時は、その場のテンションやイメージの瞬発力が大事なので、頭の上の方に漂っている「仕入れたての感覚」を使います。一方絵本の場合は、その長い制作期間中ひとつのイメージを持続させないといけないので、心の底で眠る「蓄積された感覚」を呼び覚ましながら使います。制作に時間がかかればかかるほど、その間も新しい感覚が生まれては消えていくので、その時々の感覚に全てを任せて描き続けてしまうとそれはちぐはぐしたものが出来上がってしまいます。ですから、思いつきのイメージにぱっと飛びつくのではなく、なるべく心の奥の方まで降りていき、小さな頃から蓄積された審美の感覚を頼りに物語をつくり上げていくわけです。かといって、描くのはその時その場の自分ですし、絵本と言えども結局は一枚絵が集まってできているものですから、ときには「仕入れ立ての感覚」も使いながら、全体のイメージがしぼんでいかないよう活き活きと描かねばなりません。大きな波を待ちながら、小さな波と戯れる。良い絵本は、小さな波の揺れの心地よさと、大きな波に流される興奮を併せ持つものなのだと思います。

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絵本づくりはとにかく楽しいです。
もう5年も経つのかと、この文章を書きながら少々驚きつつ、漕ぎ出したばかりの気分が今も変わらず残り続けていることに喜びを感じます。
絵本には流行やファションとは関係の無い、もっと原始的で、荒削りで、人々の呼吸がそのままカタチとなって現れ得る強さのようなものを感じます。読者に平穏や安らぎを与えるだけが絵本ではない。もっともっと、絵本の中に強い風を吹かせたい。そして、読者がその風に向かって叫び出したくなるような、そんな絵本をつくりたいと切に思います。

こうしてつくって来た新旧の絵本が、この度SUNNY BOY BOOKSに並びます。
この「絵描きからの片道書簡」は創作のルーツを書くことで、作者の自己紹介と、展示「海太の本と絵」の序文を兼ねたつもりですが、もうそんな能書きはすっかり忘れて、とにかく静かな気持ちで見て頂ければ嬉しいですし、その中を、ちょっとの間だけでもトリップして頂ければ更に嬉しく思います。

昔から力を抜くということが下手で、小学校の硬筆の時間でつくったペンダコが今も消えずに残る指で書き付けた文章ですから、読み辛い箇所も多々あったと思います。書けば書くほど言葉は膨張していく一方で、なんとか押さえつけながら書いてきましたが、もしここまで通して読んでくれた奇特な方がいらしたら、本当にありがとうございましたと、一言お礼を述べさせてください。
それでは、『海太の本と絵』。2月21日土曜日から始まります。
良き展示になることを願って。

海太

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*阿部海太『みち』(Kite)2.800円+税

阿部海太 / kaita-abe.com
Kite / kitebooks.info

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