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ヘテロトピア通信 第19回

2017.06.11

ヘテロトピア 通信

2014年からはじまった「鉄犬ヘテロトピア文学賞」の情報発信ページ。選考委員ら(井鯉こま、石田千、小野正嗣、温又柔、木村友祐、姜信子、下道基行、管啓次郎、高山明、田中庸介、中村和恵、林立騎、山内明美、横山悠太)によるコラム “ヘテロトピア通信” も更新中。 (題字/鉄犬イラスト:木村勝一)


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<香港、家政婦の乱>Text by 下道基行

 大学生だった90年後半頃、ウォン・カーワイの映画や写真集「九龍城」の中に見た香港は、様々な人々が行きかう混沌とした熱気と危険な香りがごちゃ混ぜになった無秩序な美しさだっただろうか。
 ちょうどそんな頃、実際の香港は中国へ返還され、新たな歩みをはじめることになった。
 僕はその返還から19年後、もうあの都市の中に突っ込むように発着していた名物の飛行場ではなく新設された郊外の飛行場に降り立ち、今回はじめて香港へ足を踏み入れた。
 現在、香港では1国2制度によって大陸とは違い人々は自由に発言することが許されているが、近年、自由な選挙を求め市民たちが立ち上がった雨傘革命では中国政府は一切何も市民の意見に耳を傾けることなく無視し続け、政府に対して批判的なコメントを書いていた地元新聞の編集長が辞任したり、ある町中の政治的な本を扱う本屋さんが突然失踪してしまったり、数ヶ月前に突然若者たちのライブハウスが警察によって摘発されたり…、と中国政府の影響力は日に日に強くなるばかり。僕の出会った若い人々の中には「民主的で活気があった頃の香港」が徐々に失われていることへの閉塞感が少しずつ広がっているように感じた。

 香港の町を歩いていて、ひとつとても印象的だったのが、毎週日曜日の都市の大きな変化。

 香港の銀座?「中環/セントラル」や渋谷?「銅鑼湾/コーズウェーベイ」あたりを歩くと、日曜日に閉じられている銀行やお店の前、公共の道や公園や歩道橋の上や下の日陰や至る場所が、フィリピンやインドネシアの女性たちによって埋め尽くされている光景に出会う。彼女たちは路上にシートやテントを広げ、地べたに座り、路上を占拠している。それぞれお菓子や食べ物を広げてしゃべったり、寝転んで携帯電話で話したり、歌ったり踊ったり。毎週日曜が上野の花見のように混雑している。はじめは、何かのデモか集会かパフォーマンスかと思ったが、香港の友人たちは「あぁ…あれね…」と腫れ物に触るようにこの光景の背景を説明してくれる。

 この日曜日の光景はもう20年以上前から徐々に広がって今のようになっているという。彼女たちの多くは出稼ぎの「家政婦さん」だという。香港は人口に対して土地がとても少ないので、ビルは空に向けてどんどん高くなるし、住宅は狭いのに非常に家賃が高く、東京と給料は変わらなくても家賃は2倍や3倍はするような感覚だという。そして夫婦共働きで残業も当たり前。そんな中で子育てもあるとなると、お金持ちでなくても多くの家庭が家政婦さんを雇うというのだ。家政婦の多くは家族と同じマンションの小さな部屋に住み込み働いている(そういう部屋がないとリビングに寝る事もあるという)。町中で夕方になると小さな子供と手を繋ぎながら家に帰っていく家政婦さんの姿はいつもの光景だ。家政婦さんはフィリピンやインドネシアなどからの出稼ぎが多く、唯一の休日である日曜日には、日頃の労働から解放された時間を友人たちと路上で過ごしているという訳である。(さらに、休日に家に居辛いことも彼女たちが路上に出てくるひとつの理由だということも知った。)

 休日に静かになる世界屈指のオフィス街が毎週日曜日にピクニックシートやテントで占拠される。「家政婦の乱」とでも言おうか…。この光景は、外側からは見ることのできない香港の内面の歪みが弾けて、一気に外に拡散してしまったようだ。

 背景には様々な問題や思いがあるが、とにかく家政婦さんたちの楽しそうな声がビルのそびえ立つ冷たい都市の中に響いている日曜の光景は、様々な人々が行き交う香港の人々の生きる熱気を感じ、深く心に残った。

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下道 基行(したみち・もとゆき)
2001年武蔵野美術大学造形学部油絵科卒業。日本各地に残る戦争遺構を調査撮影したシリーズ『戦争のかたち』(2001-2005)、自らの祖父の遺した絵画を追って旅したシリーズ『日曜画家』(2006-2010)や、日本の国境線の外側を旅し日本植民地時代の遺構の現状を調査するシリーズ『torii』(2006-2012)など。旅やフィールドワークをベースにした制作活動を続けている。
http://m-shitamichi.com/

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