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それぞれの道具「道具と出合う、本の中へ」 7 ”銀の匙”

2015.06.09

中澤 季絵

中澤季絵(なかざわ・きえ)イラストレーター/絵描き  絵で暮らしをいろどる楽しさを軸に幅広く活動中。理科系出身、生き物がとてもすきです。脇役蒐集人。このページでは、本の中の道具を描き連載中。 www.kienoe.com

銀の匙

 

「私はおりおり小箱のなかからそれをとりだし丁寧に曇りをぬぐってあかずながめてることがある。私がふとこの小さな匙をみつけたのは今からみればよほどふるい日のことであった。」

『銀の匙』中勘助 作 岩波文庫より

 

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一度だけのそのときを、みずみずしいまま真空に閉じ込めたらこんな風かもしれない。
時代も、年齢も消えてただ「ここにいる」という意識だけになっていく。

生まれて間もない頃のこととか、家族との関わりが世界のすべてだった頃のこと。
匙の一口ずつみたいな小さな話の連なりに、いちばん古い記憶っていつだろうと思う。
じぶんと世界との接点がひとつ増えるたびに心が動かされていたはずなんだ。

気に入った「すべっこい葉をとってくちびるにあてたり、頬をこすってみたり」、
「その窓と箪笥のあいだにちょうどひざを立てたなりにすぽんとはまり」こんだり、
意味なんてまだなかったの。

ありありと子どもそのものを教えてくれるのに、その口調はずっと大人で的確なものだから
わたしはずっと誰と話していたんだろうって、本を閉じた後もまだ、時の流れが消えた
記憶のなかを漂っている。

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