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ヘテロトピア通信 第21回

2019.12.10

ヘテロトピア 通信

2014年からはじまった「鉄犬ヘテロトピア文学賞」の情報発信ページ。選考委員ら(井鯉こま、石田千、小野正嗣、温又柔、木村友祐、姜信子、下道基行、管啓次郎、高山明、田中庸介、中村和恵、林立騎、山内明美、横山悠太)によるコラム “ヘテロトピア通信” も更新中。 (題字/鉄犬イラスト:木村勝一)


鉄犬ヘテロトピア文学賞についてはこちら

<「第6回 鉄犬ヘテロトピア文学賞贈賞式」レポート>Text by Yusuke Kimura

 しとしとと小雨の降る2019年11月23日、葛飾区の四つ木にあるエチオピアレストラン「LITTLE ETHIOPIA」にて、第6回鉄犬ヘテロトピア文学賞の贈賞パーティーが行われました。選考委員からは井鯉こまさん、温又柔さん、木村、わざわざ三重県から駆けつけてくださった下村作次郎さん、管啓次郎さん、田中庸介さんが出席。そして、川瀬さんの大勢のご友人や編集者、新聞記者の方々など、総勢三十名近くの方々にお集まりいただきました。

 子育てのために旅に出られない鬱憤を、今回の受賞作『ストリートの精霊たち』で晴らすことができたという井鯉さんに乾杯の発声をいただき、まずはずらりと並んだ料理を堪能。エチオピア料理を食べるのは初めての方も多かったので、受賞者である川瀬慈さんに料理の食べ方をレクチャーしてもらいました。

 カゴに山盛りに盛られてあるのは、『ストリートの精霊たち』にもよく出てくる、エチオピアの主食「インジェラ」。クレープよりもしっとりしたもちもちの生地で、くるっと巻かれています。やや酸味があるのがクセになりそう。そのインジェラをちぎり、豆や肉を煮込んだ料理をくるんで頬張ります。お店ではこの日のために一週間もかけて準備してくださったという特別なご馳走を、みんなで楽しみました。

写真2 川瀬さん直々に食べ方をレクチャー。手前がインジェラ
↑川瀬さん直々に食べ方をレクチャー。手前がインジェラ

 川瀬さんにご紹介いただいたこちらのレストランは、四つ木で暮らすエチオピア人の大事な情報交換の場にもなっているのですが、川瀬さんと懇意である店長のエフレムさんのご厚意により、パーティーの間は貸切に。川瀬さんによれば、このお店は都内に数軒あるエチオピアレストランの中でも現地の味に近く、値段も手頃でオススメとのことです。

 参加者の一人ひとりから、川瀬さんに向けた温かなお祝いの言葉、また受賞作から受けた感銘をお伝えいただきました。すると、前回、台湾原住民族作家のシャマン・ラポガンさんとともに、シャマンさんの著作の翻訳で第5回鉄犬ヘテロトピア文学賞を受賞された下村さんから、なんと、シャマンさんの祝辞をお伝えいただきました!

「いまわたしは息子とタタラを造っているところです。我が誠実なる船の魂は海洋いっぱいに満ち、今年の受賞者をお祝いしてします。そして、ヘテロトピア文学の関係者の皆さん、授賞式に参加しておられる読者のみなさんを祝福しています。会場の皆さんがカモメのようにゆったりと飛び(健康の意味)、皆さんが人々の後ろを歩くこと(長寿の意味です。人々の前を歩くと早く死にます)をお祈りいたします。」(全文は下に掲載)

 真心のこもったシャマンさんの祝福の言葉に、そのときふと、まるで蘭嶼(らんしょ)の海と四つ木の会場がつながったような、広々とした感銘に包まれました。下村さんによると、シャマンさんはこの文学賞の受賞をほんとうに誇りに思っているとのことで、遠く海を越えた場所で一緒に祝ってくださるお気持ちに、胸がいっぱいになりました。シャマンさん、下村さん、ありがとうございます!

写真3 シャマンさんの祝辞を読む下村さん
↑シャマンさんの祝辞を読む下村さん

 そしていよいよ、正賞の鉄犬燭台の贈呈となりました。燭台が入っている箱も我が兄・勝一の手づくりなのですが、今回は新たに丸窓がついていて、参加できなかった兄曰く「今回は気合入ったぜ」と。その重たくてゴツい箱から鉄犬燭台を取りだし、川瀬さんに贈呈しました。大きな拍手と「おめでとうございます!」の声が響き渡ります。

 川瀬さんは、書籍化を企画した世界思想社の担当編集である中川大一さんに感謝を伝え、今回の受賞を「何かに到達したからもらえたとか、そういう感じじゃなくて、むしろ、背中をボーンと押されたような気分でいます」と語りました。そして、「世界がこう世知辛いというか、生きづらい、画一化するような流れの中で、ぼくはまず歌に誘われて、寺をおっぽりだして、世界中を旅したのですが──、その歌とか、ちいさな声を響きあわせて、画一化の大きな流れに抗うことが大事だと、ある種、自分のミッションだと思っていまして、それを一緒にやっていける仲間たちと出会えたことを、すごくうれしく思います」

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 頼もしい鉄犬仲間が加わったと思うぼくら選考委員と同様、川瀬さんも同じ気持ちでいてくださったことに、心が震える思いでした。すると、これまた驚きの展開が。管さんが歌をプレゼントしたのです! 「よおくみなさんの知ってる歌ですけど、私はこれがじつは川瀬さんの本質に通じるのではないかと思っております」と言ってアカペラで歌いはじめたのは、ザ・フォーク・クルセイダーズの名曲「悲しくてやりきれない」でした。

胸にしみる 空の輝き/今日も遠く眺め 涙を流す/悲しくて 悲しくて/とてもやりきれない/このやるせない もやもやを/誰かに告げようか……

 受賞作『ストリートの精霊たち』は、これほどまでに他者にまなざしをそそぐことができるだろうかと思うほど、エチオピアのゴンダールで出会った人々のことを想って書かれた作品です。現地で出会った人々との交流で生まれた想いを、人一倍大きな胸の中にため込み、抱え込んで、そこからあふれ出てきたものを書く。そんな川瀬さんの創作の根にあるものを管さんは言い表したのでしょうか。川瀬さんのご友人として参加した、ラッパーの環(たまき)ROYさんが、『ストリートの精霊たち』を読んだときに「川瀬さんて、ロマンチストだな」と感じた、と伝えていたことが頭をよぎります。

 最後に、人なつこい笑顔が魅力的な「LITTLE ETHIOPIA」の店長、エフレムさんからもお祝いの言葉をいただきました。
「エチオピア大使館で働いていたお兄さんがいたんですけど、そのお兄さんが帰ったあと、もう川瀬先生がそのかわりみたいになってるんで、すごいうれしいです。いつもエチオピアの言葉で、盛り上がるように色々言ってるから、お父さんの考え方と同じ感じ。いつもありがとうございます。今日はおめでとうございます」

写真5 お祝いを伝えるエフレムさん(左)
↑お祝いを伝えるエフレムさん

 外はまだ冷たい雨が降っていましたが、店内は始終、笑いの絶えない、隅々まで友情の通うあったかな雰囲気に包まれていました。2014年にはじまったこの文学賞は、毎回すばらしい作品に恵まれてきました。そして贈賞式も、いつもこんなふうに温かな雰囲気に満たされることを思い起こし、しあわせな気持ちになります。さて、それも残すは、来年あと一回となりました。

 なお、この日は、まだ発売されたばかりの『あふりこ』(新曜社)の紹介もありました。この本は、川瀬さんが企画と編著をつとめ、アフリカをフィールドにした研究者たちがフィクションに挑んだという刺激的な物語集です。川瀬さんの新作もおさめられています。音楽と映像と学術論文と文学。映像人類学を専攻としながら、ジャンルにおさまりきらない一人の表現者でもある川瀬さんは、これからも、それらの境界を揺さぶる震源として活躍されるにちがいありません。
 みなさん、どうぞご期待ください!

写真6 歌を贈ってにっこりする管さん写真7 来客をもてなすコーヒーセレモニー。祖父江慎さんの嗅ぎ方がすばらしい
歌を贈ってにっこりする管さん(左)
来客をもてなすコーヒーセレモニー。祖父江慎さんの嗅ぎ方が最高!(右)

写真8

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〈シャマン・ラポガンさんの祝辞全文〉

致 全體異托邦文學獎的朋友們

親愛的朋友們
我一生可以認識愛好異質文學的日本文友們,心靈的喜悅與慰藉如同我祖父把我稚幼的心魂寄託給海神一樣,奠定了自己追求有意義的,反歧視的文學夢想。

猶記得去年年底,因下村教授的翻譯本人拙著“大海浮夢”,榮膺貴社“鐵犬杯”,遇見的朋友們,會場的參與者,把整個氣氛孕育成極為典雅又溫馨的,又有歡樂的場面,本人萬分理解貴社對“異質”文學人的敬重。在此,寄上本人如汪洋大海般的感恩。

於斯此刻,我在蘭嶼與兒子正在造船,我虔誠的船魂裝滿了海洋,恭賀今年得獎者,祝福貴社,以及參與的讀者們,祝福全體朋友們像海鷗一樣的輕盈飛翔(健康之意),祝福大家走在人群的後面(長壽.走在人群前面是提早死亡)。
預祝異托邦文學宴會順利。
夏曼・藍波安 於蘭嶼家

【邦訳】  ヘテロトピア文学賞の友人の皆さんへ

親愛なる皆さん
我が生涯においてヘテロトピア文学を愛する日本の文学者たちと知り合えたことは、まるで祖父が私の幼い魂を海の神に託してくれたのと同じように、心からの喜びと慰めを覚え、私自身が求める意義のある、反差別の文学の夢の基礎を定めることができました。
いまでもなお去年の年末のことを覚えております。下村教授に私の『大海に生きる夢 大海浮夢』を翻訳していただき、“鉄犬ヘテロトピア文学賞”を受ける光栄に浴しました。初めて出会った友人たち、参加された会場の人々、全体の雰囲気は大変に雅やかな温かいムードに包まれ、さらに楽しい場面が繰り広げられ、私は皆さんの“ヘテロトピア”の文学人を大切に思う態度を充分に理解することができました。ここに洋洋たる大海のような感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。
いまわたしは息子とタタラを造っているところです。我が誠実なる船の魂は海洋いっぱいに満ち、今年の受賞者をお祝いしてします。そして、ヘテロトピア文学の関係者の皆さん、授賞式に参加しておられる読者のみなさんを祝福しています。会場の皆さんがカモメのようにゆったりと飛び(健康の意味)、皆さんが人々の後ろを歩くこと(長寿の意味です。人々の前を歩くと早く死にます)をお祈りいたします。
ヘテロトピア文学賞の授賞式の盛会をお祈りいたします。

シャマン・ラポガン 蘭嶼の家にて
(下村作次郎訳)

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木村 友祐 (きむら・ゆうすけ)
1970年、青森県八戸市生まれ。
日本大学芸術学部文芸学科卒業。
著作/『海猫ツリーハウス』(集英社)、『聖地Cs』(新潮社)、『イサの氾濫』(未來社)、『野良ビトたちの燃え上がる肖像』(新潮社)、『幸福な水夫』(未來社)。共著で『アイヌ民族否定論に抗する』(河出書房新社)。

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